2008年09月02日

よかったよかった2題

その1。
知りませんでしたが、iPhone Girlというのが一部で話題だったそうです。

新品のiPhoneの中から中国娘の写真、娘の正体を巡ってイギリスで大論争(Technobahn 2008/8/28)

なんか、日本でだったらクレームとかメーカー叩きとか工場叩きとか女工さん叩きとか、そういう騒ぎになっていそうな気もするのですが、特にそういうことにもなってないようで。
入ってた写真がギョッとするようなもんだったりしなかったのも、よかった。写っていた工員さんがクビになってないらしいのもよかった(だって、撮ったのは、きっと本人じゃないよね? 笑って被写体になっててよかったのかとかいう気もするが、クビにするような重大な話じゃないと思うし)。
モノがなんかシビアなものじゃなくて、高価とはいえ趣味の品物だったのも、まあ、よかったんじゃないでしょうか。

ただ、こういうことは前にもあったようで。
製品の抜きチェックってそういうもんなのか? なんだかなあ、という気もしないでもないですが。持ち主のイギリス人は、別に怒ってないようなので、いまから叩かないように。

その2。
ぞっとした(黒猫亭日乗 2008年8月30日)を読んで、一読「炒飯でよかったですね」と思ったのだが、なぜだろう。
  1. 心置きなくボツにできたから。これが、もし□□□□ネタだったら、そうあっさりと捨てられまい。
  2. 悔しがりつつ捨てたにしても、後でネタにできたから。これが、万一○○○ネタだったら、ネタにすることもできず悔しさ倍増。
  3. 脱稿も公開も廃棄もできない、のっぴきならない書きかけを抱え込んでいるから。
  4. 捨てるべきではないなにかを、うかつにも捨ててしまった体験があって、トラウマになっているから。
  5. 捨てられた体験がトラウマになっているから。
  6. 炒飯がトラウマになっているから。
  7. 拾いに行きたくても「無理だ」と諦めがつくから。
  8. 炒飯より△△△△が好きだから。
  9. 黒猫亭さんの炒飯だけに、化調が (。_・☆\ ベキバキ

というネタをいじりはじめて、はや2日とかいうとやっぱりメゲますよね……。

いや実際には、そんなに経ってません。30分とか1時間とか。よかった。

実際、なんかのスイッチが入って、自動筆記かと思われるような状態で延々とテキストを書くということはあり得ないことではない。ていうか、ときどきなります。気づくとギョッとするような量のテキストになってるとか。はい、ふつうにあります。
あ、これは違いますよ。コメントとして投稿しようかと思ったら「メンテ中」って表示になってたので、自分ちに投下することにして、ついでにちょっと気になっていた話題と組み合わせただけです。

まあ、そういう「え、オレ、こんなに書いたの?」とかいうときに、真剣に自分の正気を疑うような羽目には、まだ遭っていませんが、その点はよかったのか、やっぱり正気を疑うべきで、安心してもいられないのか……ううむ。


posted by 亀@渋研X at 15:39 | Comment(4) | TrackBack(0) | 渋研X的日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする はてなブックマーク - よかったよかった2題
この記事へのコメント
>亀@渋研Xさん

しょーもないエントリーを採り上げて戴いて有り難うございます(笑)。

>>これが、もし□□□□ネタだったら、そうあっさりと捨てられまい。

>>悔しがりつつ捨てたにしても、後でネタにできたから。これが、万一○○○ネタだったら、ネタにすることもできず悔しさ倍増。

うーむ、この「□□□□ネタ」とか「○○○ネタ」が何なのか気になって寝られません。オレの貧困な想像力では「ロリ擁護」くらいしか思い附かないのですが(笑)、幼女の裸体をナマでゲップが出るほど視る機会があった亀さんが今更炉に興味を持つとも思えませんし←もう少し人聞きの悪くない言い方は出来ないのか(笑)

>> 9. 黒猫亭さんの炒飯だけに、化調が (。_・☆\ ベキバキ

…当然、美味い炒飯を作るのに化調は欠かせませんが何か(爆)。というか、無化調がインセンティブになるのは、スローフードを売りにした喰い物屋とラーメン専門店だけの話で、中華一般ではどんな高級店でも化調が当たり前の調味料として使われていますから、店で喰った炒飯を美味いと感じて再現しようとすると、使わないわけにはいかないようです。

で、本題のほうですが(本題と言えるんだろうか)、そもそもオレがブログを始めた動機というのは、たとえば映像作品を視る場合でも「書かないと何も考えない」ということに気附いて愕然としたからなんですが、今回の一件で愕然としたのは、「書いて何かを考える」というプロセスすら自動化=機械化=機能化し得るということに気附いたからですね。

何か問題性を設定して対処を講じると、問題性自体がメタ化するというのは、普通にあることなんですね。
Posted by 黒猫亭 at 2008年09月03日 10:54
やーやー、こんにちは。
そちらのコメント欄でもapjさんちの副題が採り上げられていましたが、ぼくあたりは書きながら考えているところがありますね。この落ち着かないご時世においては、書かないと考えられないとさえ言えましょう。ぼんやりと思うだけ思って消えて行く思念のなんと多いことか。

で、これはちょっと考えよう、こういうことかな、ああかな、なんて書きながら考えていると、運がよければだんだん深くなったりもするわけで、あっと気づいて前の方のスチャラカをばっさり削るとか、「いや、削らずに思考の経路として残しておこうか」なんて考えたり。残すことにしたらしたで、どういうわけでこの紆余曲折が書いてあるのかを理解してもらえるようにしたいとか考えて、冒頭にまた数百字ほど加筆したりして、どんどん増える増える。

もちろんちゃんとした意味での自動筆記(あの、オカルト方面の)ではないんですけど、やってる側としては、こう「脳内言説ダダ漏れ感」があって、あまり変わらないような気さえしてきます。
黒猫亭さんの炒飯談義は、きっとそんな「ダダ漏れ」じゃなかったんじゃないかなあ、ちょっと読んでみたかったかも、なんて思ったりもします(^^;;

化調は「黒猫亭×炒飯」で条件反射的に出て来ちゃったんですが(hietaroさんちを読んでいたので)、やっぱりなんかのボタンですかね、これは。
ちなみに、うちには化調そのものはないんだけど、化調の入った調味料がたくさんありそうな気がしています(要はあまり気にしたことがない)。

で、本題のほうですが(本題と言えるんだろうか)、〈この「□□□□ネタ」とか「○○○ネタ」が何なのか〉は、「ニセカガク」だと5文字、「偽科学」だと3文字だなあ、とか思ったりもしましたが、公開できないわけでもなく、ぼくにもとんとわかりません。ほ、ほんとなんだからねっ!

ロリとかペドはねえ……子どもを育てたことのある人なら「んな、ンチの詰まった股間(男児の場合は陰嚢のしわに、女児の場合は×××にめりこみます)を拭い取ったりした同じ人間が、そんなこと考えるか!」って気もするんです。だけど、それでも母子父子問わず近親相姦もののストーリーって古今東西にはようけあるはずで、そんなかには年端も行かない我が子を、っていうシチュエーションもきっとたくさんあって。あれは育児未経験者の脳内ストーリーでしかないのか、はたまた育児経験者でもンチのおしめを替えた経験の有無に依存するのか、それとも内なるスカトロのたぎりとかが目覚めたりするのか。どれも違うような気がするなあ。人間って、ようわからんですわねえ。

実は、□や○や△は、なんかムダに意味ありげだから消そうかなあと思った部分でもあるのです。具体的な言葉が入れられないかなあ、とか。が、いいのが思いつかず、逆に最初はみんな「×××」だったものを、わざわざひとつずつ変えたりしてしまった。なぜだろう。

ちなみに、これで1200字ぐらいなんですね。1万字以上って(^^;;
Posted by 亀@渋研X at 2008年09月03日 16:48
>亀@渋研Xさん

以前お話ししたことがあると思うんですが、亀さんの文章はとくにライブ感が強いですよね。思考の結果を順序立てて説明するというより、思考をまとめる為に書いているようなところはたしかに感じます。で、職業的に文章を扱っている方がナイーブにそういうことをやっているはずがないので、おそらくそれは意識的な手法としてやっておられるんだろうな、と常々思っていました。仰るように、思考のプロセスを文章の形に留めて提示しようというような企図を感じます。

オレの場合はもう少し予め特定の論旨を想定して書いていますが、poohさんに指摘されたように、やはり思考のプロセスをストーリー立てて第三者に提示することを意図して書いているところがあります。ですから、亀さんと同様の「長くなる」問題を抱えているということになりますよね。これは随分前にTAKESAN さんのところでもお話ししましたけど。

頭の中に在る段階では矛盾があっても短絡している部分が、テクストの形になることで意識されて論述のプロセスが変わるという経験が幾らでもありますし、公に向けて書く為には「調べる」というプロセスが必須なので、論述の根拠となる情報をプルーフしたり、自分の思い違いが明らかとなることで論旨全体が変わったりするわけで、そういう意味で書くことが考えることと密接に結び附いている部分はありますね。

ただ、こういう行動は意志的な思惟が不在でも自律的な機能として成立し得るというのが今回気附いたことで、それは外から視た場合、オレが意志的な思惟に基づいて何かを書いている場合と見分けが附かないということもあります。つまり、窮めて内面的な問題ということになりますね。だから、ふと気附くとこんなに長々と大して関心のないことを語っているという事実に愕然とするわけで(笑)、誰にとっての問題かと謂うと、勿論それを書いているオレの問題でしかないわけです。

>>化調は「黒猫亭×炒飯」で条件反射的に出て来ちゃったんですが(hietaroさんちを読んでいたので)、やっぱりなんかのボタンですかね、これは。

かなり敏感なボタンになっているんじゃないですかね。何処かで語ったかもしれませんが、思うに、食の問題というのは人の根源的な部分をかなり揺さぶるテーマなんだと思います。その中でも、化調に象徴されるような人工的な食品というのは、人はどのような世界に生きているのか、という世界認識にダイレクトに結び附いているのではないかと思います。で、根っこのところでは食品保存料や農薬の問題なんかとも密接に繋がっているわけで、それはたとえば長閑な田園地帯を「豊かな自然」とか謂っちゃう感覚とも繋がっているし、「買ってはいけない」的な環境貴族的な意識とも繋がっている。

広げ始めると実は広大な裾野を抱えている問題で、簡単に語れる問題ではないのだろうなと思います。亀さんが挙げられたhietaro さんのところの議論も、ちょっと残念な幕切れになってしまいましたし、ウチのほうで展開している環境問題に関する議論なんかにも繋がってくる話で、散文的な言い方ですが、センシティブなテーマに関する冷静な議論はなかなか難しいですね。

>>ロリとかペドはねえ……子どもを育てたことのある人なら「んな、ンチの詰まった股間(男児の場合は陰嚢のしわに、女児の場合は×××にめりこみます)を拭い取ったりした同じ人間が、そんなこと考えるか!」って気もするんです。

そうですよねぇ、オレには雌猫しか家族がいないですが(笑)、ちょっと考えても女児を手ずから育てた経験のある人がロリペドに行っちゃうとは考えにくい。こと女性に限って言えば、やっぱりそういうケダモノじみた部分が隠されているから欲望が発生するわけで、おしめを換えた相手に欲望を感じるというのも大概ねじくれています(笑)。そういう欲望が生じるには、ブランクを措いておいてギャップのある成人女性として再会するとか、直接的な連続性を一旦棄却する手続が必要なモンですよね。

父子関係でなければ、近所のオジサンなんかが「オレがおしめを換えてやった子がこんなに綺麗になって」と感じるというのは、よくある話ではありますが、ロリペドということになるとほとんどギャップがないですからねぇ。

でも、ロリペドの本場のアメリカ(また誤解を招く暴言を(笑))では、実の父親が実娘に性的虐待を、みたいな話は結構転がっているわけで、人間の性欲のねじくれ具合は一面的な考察では解きほぐせないところがあります。

実際、以前apj さんのところで話題になった「子どもポルノ」画像の単純所持取締の問題に関して、性欲の観点からテクストを起こしたのですが、剰りに裾野が広がりすぎて収拾が附かなくなったのと、剰りにセンシティブなテーマなのに腰が引けて没にしたことがあります(笑)。自分自身ちょっと美少女嗜好があるわけで、そうなるとやはり当事者性が生じてきますから、難しい論述対象になるんですよねぇ。

本邦におけるロリペドとか性的虐待というのは、まあ血縁関係のある親子よりも、母親の同棲相手とか継父とか、または成人女性に情欲を感じない若い男とか、要するに欲望の対象が排泄物にまみれてギャーギャー喚いているみっともないケダモノだった頃を識らない相手のほうが多いと思いますが、そうとも断言出来ないわけですからこの世界も奥が深いです(笑)。

そういうわけで、長々と書いたテクストを没にするというキーワードで漫然と語っていたら、やっぱり長くなったというオチになりましたね(笑)。
Posted by 黒猫亭 at 2008年09月04日 01:12
こんにちは。
私も、炒飯には化調が必須だと思います。(^O^)
Posted by hietaro at 2008年09月08日 18:20
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