2008年10月21日

江本勝『水からの伝言』と「波動」ビジネス 2

前エントリ〈江本勝『水からの伝言』と「波動」ビジネス 1〉の続きです。

すでに述べたように、『水からの伝言』やその類書は、波動製品のマーケティング・ツールとして利用可能なものです(すでに、そのように機能していてもおかしくありません)。また、著者の江本勝氏は、波動製品を扱う企業グループの代表であり、「波動の第一人者」を自認しています。ということは、この本は単なる「健康グッズの販促ツール」だったのでしょうか。

ここでは、同社の扱う波動製品や、波動を根拠とするサービスについて見て行きましょう。

■数千円の健康グッズから300万円超の波動製品まで
実際に同社グループのWebサイトでご確認いただければわかりますが、扱われている製品は多岐にわたります。手頃なものでは、著書やDVDなどもありますね。ハーブやお茶、シールやブレスレットもあります。

身近なところでは、水製品や健康食品などがあります。数千円。よくある価格でしょうか。浄水器なども1万円台から、高いものは十数万とか。もちろん食品類はトクホでも医薬品でもありませんが、この辺までは「ふつうの健康グッズ」、シールやブレスレットなどは「おまじないグッズ」と見ればよいのかもしれません(よくある「幸運を呼ぶなんとか」みたいな)。

ただし、扱われている製品のなかには、効能を生む原理が「栄養素」「精製法」などではなく、「波動」というものが多数含まれています。これは? これも「おまじないグッズ」でしょうか?

最も興味深いのは、その波動関連機器やソフトウェア。この辺になると〈携帯波動機器「HADO-i」〉が28万3500円(税込)、〈HADOアストレア〉が199万5000円、〈オーラビデオステーション〉135万円、〈スターライト〉360万円といった価格です。

これらの高額商品は、価格から言ってもヒーリングなどのサービスを生業とする方々の業務用が主な用途でしょう。もちろんエンドユーザーでこれらの製品を買う方も、なかにはおいででしょうけれど。


■単なる健康グッズ屋さんではない
同社グループのWebサイトを見ると、製品紹介に「○○で元気な生活を」といったキャッチコピーと一緒に、「医薬品ではない」とか「治療を目的とするものではない」と書かれています。

こうした表現は、このグループに限りません。健康関連グッズを売る会社ではふつうに行われています。医薬品や治療用機器でもないのに「効く」「治る」などと書いてしまうと、薬事法や景表法に触れますし、医師ではない者が治療行為をしても罰せられます。ですから、そうは書けないわけです。また、営業さんがセールストークで「効く」「治る」なんて言ってしまってもアウトらしいので、かなり厳しい法的なシバリがあり、それに準拠しているわけです。

しかし、こうした一般の健康関連産業と氏の企業グループが最も異なるのは、根拠や原理が「波動」にあるという点です。一般の健康グッズは、含まれている栄養素や、生理学あるいは東洋医学的な知見から「健康効果が期待できる」とされているわけですが、このグループの製品の多くは「波動を用いているから健康効果が期待できる」とされているのです。

また、前述のように「業務用」とおぼしき製品を扱っているのも、同社の特徴です。彼らの製品を利用することで成り立つ産業があり、彼らはそれを積極的に支援していることになります。

■「波動」は十分な根拠とはみなせない
一般の健康グッズは、世間には「なんとなく薬や医療機器に似たもの」「効き目の弱いもの」ぐらいに思われているようです。

実際、一般の健康グッズは、効果効用が確認されている技術や栄養素などを根拠として作られています。いわば栄養学・薬理学・生理学・東西医学などの「科学的知見の応用」です。ですから、その製品そのものに効果・効能が本当にあるかどうかは確かめられていなくても、世間には「効果が期待できる」とみなされるわけです。

また、おおざっぱに言えば、その製品に「本当に健康改善の効果がある」ということが十分に確認されていれば、その製品は認可を得て医薬品や医療機器と名乗ることができるでしょう。

まとめると「確認されていないが、効果を期待できる科学的な根拠のあるもの」が、健康食品を含む「ふつうの健康グッズ」でしょうか。

氏のグループが扱っている製品のなかにも、そうした「ふつうの健康グッズ」が含まれていることでしょう。しかし、波動のみを根拠とした製品や、波動を根拠の中心とした製品は異なります。彼らのいう波動は物理学・量子力学でいう波動とは別物で、現象自体も含めて未確認のものです。これでは「科学的知見の応用」とか「科学的な根拠がある」とは言えません。最大限にゆずっても「仮説に基づいた製品」でしかありません(しかも、その仮説は「広く支持されたもの」とはとても言えません)。健康改善を期待するのであれば、民間療法に似たようなもの、と理解するといいかもしれません。

■仮説のみに基づく乱暴さ、危うさ
「波動が原理だから効かない」などとは言えません。一般に効く根拠とされているものではない、ということです。売る側は原理の面からも、認可の面からも「効く」と言えません。「買う側が勝手に効くと期待するしかない」ということになります。

ただ、効果効能を全面的に否定するのも乱暴ですが、こうした仮説だけを根拠にしたものを「効果が期待できる」として製品化し、販売するのも、同様に乱暴な話ではないでしょうか。ましてや業務用となると、個人用途とは波及効果が桁違いです。1台売れたら使う人はどれだけの数になるのでしょうか。

煎じ詰めると、“それなりに根拠があっても「治る」とか「効く」と決して言えないのが、いわゆる健康グッズ。波動グッズはその根拠が定かとは言えない。それにも関わらず、関連機器を業務用として百万円以上で売っている”ということになるわけです。

個人が「おまじないグッズ」として買うのならばともかく(高価でもなんでも、その権利はあります)、ヒーリングやリラクゼーションなどの「業務」に使うものとして売る、しかも、心身の健康改善効果を匂わせて……。

本年5月には、波動転写機や波動測定器を販売していた別の会社に、取引停止命令が出されました。その際には、経済産業省によって、販売方法に問題があっただけでなく「製品に科学的根拠がない」と明言されました。また、かなり以前から「波動測定器は人体の電気抵抗を測っているに過ぎず、『波動』なるものとの関連は見出せない。高額な価格設定も理解できない」という指摘もされています。控えめに言っても、ある特定の「波動製品」については、そのような法的判断もくだされ、批判も受けている、ということです。

また、「おまじない」「民間療法」に近いものだとしても、それを利用してはいけないという理由はありません。それを売ったり、それを使ったサービスを展開しても、違法でも不道徳でもありません。売り手と買い手が合意していれば、占いでお金を取っても違法ではないのですから。ただし、健康改善効果などに裏付けがあるわけではない、「おまじない」「民間療法」に近いものなのだとわかるようにする必要があるでしょう。

その点、『水からの伝言』や、波動関連製品、それを使ったサービスは、広く認められた科学的な根拠があると誤解するようにしむける手法をとっていないでしょうか(このような「科学でないのに科学を装うもの」を、わたしたちは「ニセ科学」と呼んでいます。たとえば単なる「確認されていない仮説」や「不備な実験」「オカルティックな主張」などは「ニセ科学」とは呼んでいません)。

こうしたものがそれなりに受け入れられる背景には、いろいろな要因があるでしょう。健康ブームやスピリチュアルブームも関係あるでしょう。さらにその背景には、現代人の多忙さや心身の疲労などもあることでしょう。メディアで肯定的に扱われることも少なくありません。リテラシーの問題もあるのかもしれません。

そうしたわれわれの「弱み」に付け込んだ産業として、「波動ビジネス」が成立してしまっている、その元締めのひとりが江本氏であり、『水からの伝言』や類書は波動ビジネスの販促ツールという性格をもっている、と考えるのは意地の悪い見方に過ぎるでしょうか。


下記の各ブログのエントリもどうぞ。

蝙蝠(Interdisciplinary 2008年10月20日)
 
お水様で金儲け(ほたるいかの書きつけ 2008-09-25)

波動商売(Chromeplated Rat 2008-10-20)
 

このエントリは、下記の記事についたブックマークコメントにインスパイアされて書かれました。

江本勝の「自らの伝言」(こころ世代のテンノーゲーム 2008-10-19)ブックマークコメント

水伝がいつまでも科学のフリをやめないのは、(Twitter / objectO October 18, 2008)ブックマークコメント

  
posted by 亀@渋研X at 22:01 | Comment(1) | TrackBack(0) | 渋研X的日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする はてなブックマーク - 江本勝『水からの伝言』と「波動」ビジネス 2
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Posted by 亀@渋研X at 2010年05月05日 10:53
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