【22:49追記】コメント欄に、ぼくが読み落としている点についての重要な指摘があります。ぜひご参照ください。
【12/7 0:50追記】いただいた指摘に合わせて、該当箇所を修正しました。
主に下記の記事について考察しています。
- ゲーム中の子どもの無表情をとらえたアート(GIGAZINE 2008年12月03日)
- 元ネタ:The Immersion project(Telegraph 22/11/2008)
ここまで来たら、後は「そもそも元記事にはいったい何が書いてあったんだ?」ってことが重要になると思いません? いや、ここまで来なくてもそうなんだけど。
結論から書いてしまうと、大元のTelegraphも含めて、3つとも適切じゃないんじゃないかと思える。Telegraphの記事本文に基づいて考えるに、メディアに掲載される記事としては、ここでのキモは「写真や文言の選択に合理的な根拠があるかのように書かれているかどうか。そのように書かれている場合、本当にその選択が合理的と言えるのか」、逆に言えば「書き手が恣意的に選んでいる場合、そのことが読み手に伝わるかどうか」となるだろうか。そうすると、「どれも問題あるんじゃないの?」と思える。
- Telegraphは、写真の選び方に疑問が残る。選定方法に関する説明がないことは、異例ではないけれども、この記事の場合は必要だったのではないかと思える。。
- GIGAZINEは、本文には大きな傷はないと思うが、動画を示していないのは問題。また写真選択と、特にタイトルとキャプションが適切だったのかというとかなり疑問。
- ぼくの「前編」は、写真の選定方法が恣意的で、しかもそれがはっきりとは明かされていないのが問題。
- ぼくの「後編」は、「前編は恣意的でしかも偏っている」ということが明かされるけれど、元記事の全体像をつかめていないので、ひどくあいまい。
◆
さて、以下でまずは、原文にはおよそこんなことが書いてあったよ、という話からはじめたい。もちろんぼくの手なんか借りなくても、元記事を読みこなせる人はたくさんいるだろうから、すでに「あーあー、こんな的外れなことを言ってるよ」と思ってた人もいるに違いない。でもまあ、ぼくみたいに原文は簡単に読みこなせない人も、それは面倒だって人もくさんいるだろうから、ちょっとは役に立つだろう。
正直に言って、ぼくの貧弱きわまりない英語力では、ちょっとどう訳したらいいかわからない部分もあるのだけど、なんとか無理矢理やってみると、Telegraphの記事はこんな内容のようだ(誤解があったら教えて欲しい)。
- 冒頭のリード文では、概要が語られる。「Robbie Cooper's film stills capture children's face」はアート関係の試みであるとされる。
- 【10/7 0:50修正】本文の最初の段落で、中世の逸話を紹介して、言外に「動画を見て違和感があっても、その違和感を鵜呑みにしないように」といったことが語られる。具体的な内容はコメント欄のKumicitさんの投稿を参照。
本文の最初の段落は、文芸的でお手上げ。たぶん「見たことのないような表情をしているのが、わかるだろう?」みたいな話なんじゃないかな。 - 暴力的なゲームが子どもたちに与える影響、とくに害については、いろいろ心配されているけれども、いまのところ科学的な調査では、それを裏付けるような結果は出ていない。
- ゲーム産業は自主規制を訴えているけれども、英国政府は児童心理学者が政府に提出したレポートに従って規制を作ることを考えているようだ。
- 子どもたちへの影響は、従来は法律や科学の面から検討されてきたけれども、ここで紹介するのは別のアプローチ。暴力的な要素を含むゲームをプレイしているときの子どもたちのようすをビデオで正面からとらえた写真だ。芸術と科学の両方の世界に立脚した野心的なプロジェクトのために撮影された。
- 撮影したのは、ニューヨークに拠点を置くイギリス生まれのフォト・ジャーナリストRobbie Cooper。
それから撮影された結果について語られる。ここが無理矢理に訳してみた「その1」なんで、原文と併記する。本人の言葉らしい部分もある(「 」内の部分ね)。
The results are variable, and intriguing. The children who are most expressive in class, according to their teachers, are also the most expressive in front of the screens. Others - particularly the hardened gamers - remain utterly expressionless: 'Nothing. Not a glimmer of emotion. If you couldn't see the hands moving, you wouldn't know anything was going on at all.'ちなみに「無表情」という言葉が出てくるのは、記事全体でここだけ。
結果はバラバラ(variable)で興味深いものとなった。担任教師がクラスで最も表情豊かと評すような子どもは、やはりスクリーンの前でも表情豊かだった。それ以外の子どもたちは──とりわけ常習的なゲーマーは──無表情なままだった。「なにもない。感情のわずかな兆しもない。もしも手元が動いているのが見えなかったら、なにをしているところか全然わからないでしょうね」
- 調査に当たっては、75人の子どもゲーマーが選ばれ、民族・所得階層・文化的背景などでグルーピングされ、ゲームに限らずニュース、ネット上の動画、劇映画などのさまざまな戦闘的なシーンを見せられた(ここ、記事中ではホントに「撮影」じゃなくて「調査」と呼ばれている)。
- 撮影には、さらに18か月を費やす。
- 撮影したCooperは、表情分析の権威である心理学者ポール・エクマンの理論を身につけており、考えうる限りの表情筋の運動の組み合わせに基づいてシステムを開発してたと言っている(エクマンを知らなかったのでちょっと調べてみましたが、その道では本当に権威のようですよ)。
- Cooperは、こうして撮影されたデータを個々の子どもの心理学的なプロフィールとともに、心理学者や社会学者と一緒に分析することになっている。
'It seems possible,' he says, 'that there's a link between violent games and social aggression, bullying or exclusion; but whether the violent game is the biggest factor in that, it's hard to say. I think a lot of what has been said so far about the effect of media violence on children doesn't take into consideration the psychological make-up of individual kids, and how big an impact the different types of media violence have on different children.'無理矢理だから変な日本語だとは思うんだけど、まあ、「暴力が描写されているようなゲームが、子どもの好ましくない行動と関連づけられるのかどうかは、まだわからない。考察に際して、いろんな要素が抜けてるんだ」ということを言ってるようです。
「暴力的なゲームと、実生活上の攻撃的な姿勢やいじめ、仲間はずれなどは、一見すると関連づけることができそうです。しかし、暴力的なゲームが主な要因なのかどうかは、肯定も否定もできる状況にありません。よく言われるような、メディアで描かれる暴力(media violence)が子どもたちに与える効果は、個々の子どもの心理的なmake-upや、異なる種類のmedia violenceがほかの子どもたちにはどれぐらい大きな影響を与えるかといったことと、関連づけて考慮されていないのです」
- 彼自身ゲームで育ち、39歳の現在もゲーマーである。
- 彼は動画をギャラリーで公開することを計画しており、2009年には一部を用いて最初の個展ができそうだ。
- 公開時には、表情分析に用いる格子を使ったスチール写真の展示も考えている。
- 個展ではスクリーンに映像を映し出すだけでなく、音声も流すことを考えている。訪問者はプレイヤーの表情を見るとともに、事実上ゲーム中の音響効果を実際に体験することになるだろう。
◆
とまあいうように要約しでみると、GIGAZINEの記事や、ぼくが当てつけのようにこしらえた「表情豊かだよねー」と言わんばかりの前編にはどんな問題があるか、だいぶ見えてきたんじゃないだろうか。また、後編で述べたような問題意識については、Telegraphの元記事ではクリアされていた部分があることもわかる。すぐに思いつくものを並べてみよう。
(1)これは学術的な調査とは、少なくとも現段階では言えない。ちゃんとした解析に耐えるようなデータの取り方に配慮されているけれども、まだ、その解析はされていないからだ。その点が、Telegraphがアートにカテゴライズし、またGIGAZINEが標題で「アート」とした理由かもしれない。
(2)アート作品としては、最終的にはスチールも動画や音声も含まれることになりそうだ。また、記事から読み取れる範囲では、記事で示されたスチールがCooper自身の選択によるものだとか、編集部がキャプチャしたものだと断定することは難しい(ふつうTelegraphのリード文のような書き方をしたら、作家自身の提供した写真だと思うのだけど、本文まで読むとどうもその辺があいまいだ)。NY Timesでの紹介から見ても、彼自身が提供したのは動画(もっと膨大な量の)だけであって、それを編集部が短くまとめたか、あるいは短くまとめた動画をCooper自身が複数用意して提供したのか、ってところだろう。
(3)「無表情 expressionless」なのが子どもたち全体にわたって顕著な特徴なのか、それとも一部の子どもの特徴なのか、記事からではあまり明瞭なことは言えないように思われる。数量的なことには触れられていないからだ。「A群の子どもはこうで、それ以外の子どもはこうだった」という言い方からは、GIGAZINEが書いたように「A群が例外で少数」という印象を受けるけれども、印象以上のものではない。Cooperは、まだ解析できていないから、わざと印象程度の表現を選んだのかもしれない。
ただ、これらはぼくの英語力の問題もあって、「ああいう言い回しのときは、前者は一部の特例、後者が全体的な特徴だよ」というようなことは、あるのかもしれない。後述の「ブログ界の反応」を参照すると、そうじゃなさそうだとも思うけど。
(4)「無表情 expressionless」ということばで、日本語で主に想起されるであろう「表情に感情が表れていない」ということではなく、むしろ「表情に変化が乏しい」ということを中心的に指摘しているのではないか、という疑いがある。これも英語力の問題かも。
(5)解析前とはいえ、Cooperは表情を分析することについて一定の知見をもっている(らしい。別に疑う理由はない)。ということは、同じ動画からでもCooperはぼくらの素人目が得た印象以上の内容を確認できていてもおかしくはない。ブログのサブタイトル「Bad science」は韜晦とかシャレ、控えめに言っても謙遜とみなすのが順等なのかな。
しかし、彼が語っているのは「異常なことに気づいた」とかいうことよりも、「ここからなにかを語れるわけではない」ということに力点が置かれているようだ。
(6)プロジェクトの目的は、ぼくが後編で書いたような「無我夢中になっているときに、子どもってどんな表情をするものなのか、その変化を追ってみた」という理解では、ちょっとのんきすぎなようだ。「子どもたちが暴力的なゲームをプレイしているときの『無我夢中な状態』」に焦点を当てているのが明らかだからだ(最終的には、ゲーム限定ではないのだが、今はゲーム限定だ)。
また「Immersion project」というのは、特別な表現ではなさそうだ。QTVRでの風景撮影計画や、たぶんオンラインゲーム名(複数)としても使用されている。
(7)全体としては、ゲーム以外のメディアの場合とも比較可能なように工夫されているようだけれど、他メディアについての動画は提供されていない(そういう「参加を前提としないメディア」との比較には、どの程度の意味があるのだろう。まあ、解析されてみないとわからないのだけど)。また、BGMというか背景音から察するに、暴力的じゃなさそうなゲームも含まれているみたいなんだけど、これもよくわからない。
(8)元記事の内容は、かなり微妙な部分がいくつもあるように思われる。それにも関わらず、心理学の知見のあるフォトジャーナリストを単に写真家と呼んだり、バックグラウンドについてほとんど説明をしないといった態度は、「アートとみなした」といったことだけでオッケーにはならないんじゃないか。科学的な調査だという印象を与えないためとか、原文へのリンクがあるじゃないか、という反論もあり得る。しかし原文は、精読しないと誤解を拡大する可能性のあるコンテンツではないだろうか。
(9)「今後さらに撮影に18か月を費やす」というのは、実は「ブログ界の反応」を読んで修正した。自分で読んだときは「撮影には18か月を費やした」という意味だと思ったのだが、ネイティブの方がちゃんと読めてるに違いないと考えたので、直したわけ。もう、こんな単純な部分でも自信がないんですよ。とほほ。
それにしても、正直、Cooperは、なんでこの段階で中途半端なものを公表したのだろうか、という点が最もいぶかしい。今後さらに18か月を撮影に費やすというのであれば、アート作品の制作としても端緒についたばかりなのではないか? そうではなく、すでに18か月を費やしていて撮影は終了ということだとしても、解析はこれからなのだ。解析や個展への出資を募るとか、そういう宣伝目的だったのかな?
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上記のようなことを念頭に置いて3つの記事の、とくに写真の選択を思い返すと「どの記事も、ビジュアルは書き手の思い込みで構成されている可能性が高い」ということが言える。まず、Cooperの「無表情」への注目度合いがわからないし、その重要度がどう見積もられているのかが、ぜんぜんわからないのだ。
紹介されている動画で、一見して表情の変化に乏しいケースが少なくないのはわかる。また、一見すると異様な表情の子もいる。
後述する、彼の別の作品を考慮に入れると、そうしたことに「なんの重み付けもしないで、丸ごと投げ出してみせる」というのが、この段階のCooperの選んだ方法だったのではないかと思うのだが、真意はわからない。
それでも、Telegraphはまだ良心的だ。動画を示し、Cooperの談話やプロジェクトの背景についてそれなりにスペースを割いているのだから、読者が判断する余地が自然に生まれている(この「自然に生まれる」っての、大事だよね。懐疑的な考察を働かせようとしなくても、動画も見てれば「ん?」と気づくようになってる)。
GIGAZINEについては、写真の選択についてはおよそTelegraphの路線をなぞっただけかもしれないが、説明やキャプション類はかなり配慮を欠いているように思われる。「そこまで言えるの?」といったことを、記者の主観に基づくことを明示せずに書いている疑いが強い。Telegraphの記事本文を読めば(さほど慎重に考えなくても)、「無表情にだけ焦点を当てて、ゲーム一般の話として語ってしまっては、拡張し過ぎだ」ということに気づかないわけがない。
仮に、Telegraphの写真選択を見たために生じた思い込みのせいで、別に意図的なものではないとか、元記事の写真選択の主旨に沿ったつもりだったという弁解がなされたとしても、妥当なものとは考えにくい。後者だとすれば、「空気読み過ぎ」なんじゃないだろうか。
◆
ブログ界の反応。単にTelegraphの記事を紹介しているだけのものが多いが、なかにはそうでないものも。
Get your game face on: The Immersion Project « /random
http://slashrandom.wordpress.com/2008/12/04/get-your-game-face-on-the-immersion-project/
「これはクールな試みだ」「表情を失った少女が魅力的だ」というもの。Telegraphの記事に対しては、「読んでみて」と促すぐらいで、特に感想を述べていないんだと思う。
Infinite Lives » The art and science of the Immersion Project
http://www.infinitelives.net/2008/12/04/the-art-and-science-of-the-immersion-project/
「何人かの子どもは死んだような目をしているけれども、ほかの子どもは表情豊かだ」うー、あとはいろいろ考察しているけど、ぼくの英語力では単語しか追えなくて、なんだかよくわからない。
The Immersion Project - NEO Magazine Forums
http://www.neomag.co.uk/forum/showthread.php?t=5246
掲示板。Telegraphの記事を引き合いに出して、レーティングについて語り合っている。トピ主は「暴力的なゲームは、ぜんぶ18禁にしちゃえ」と言ってるんじゃないかと思う。で、それに対して反論がされている……のではないかしらん。
The immersion project | Sprayblog
http://www.sprayblog.net/the-immersion-project/
削除されているがキャッシュで確認すると、動画と元記事を紹介して、「あなたは暴力的なビデオゲームをプレイする子どもたちの側に立ちますか? 私は彼らには読書をして欲しい。外に出かけたり、想像力を使うようなことをして欲しい」といったことが書かれていた模様。
◆
ちょっと余談。
慎重な作られ方をする記事の場合、文章も、選んだスチールも「これでいいか」と取材先に確認する。しかし、ニュースメディアではあまりそういったことはされない。たとえば、談話取材の結果が新聞やテレビなどのニュースメディアにどう載るかは、取材された人も読者と一緒に知ることになるのが通例なのだ。
雑誌では、まずそういうことはないと思うし、新聞でも単独インタビューみたいなときは違うのではないかと思う。テレビは放映されるまで、単独インタビューでもわからないのがふつうなようだ。
現場では「ニュースメディアは速報性を重視する」という大義名分で正当化されると考えられているわけだが、「競合媒体よりも先に出す」ことと正確性・適切性を天秤にかけたときに、どちらが重要か、誰(取材された人、読者・視聴者、メディア)のどういう利益が優先されるべきかを考えると、「悪しき習慣」と言わざるを得ない。
◆
Robbie Cooperのプロフィールは記事中でもちょっと出てきたけど、どんなヤツなんだ、ってことも気になるよね。ググったらこんな話が出てきた。
New Scientist | Alter Ego - New Scientist(本人によるナレーション付き)
http://media.newscientist.com/data/images/ns/av/techblog/alterego_200705/#id=avatars&num=1
彼の『Alter Ego: Avatars and their creators』という写真集について、本人が語っている。
Alter Ego - Avatars and their creators
http://www.amazon.co.jp/dp/1905712022/
オンラインゲームのプレイヤーたちと、彼らのアバター(ゲーム上のキャラクター)を一緒に収めた写真集だ。この撮影のために世界中を飛び回ったらしい。
同名のWebサイトもある。
Alter Ego - Avatars and their creators
http://www.alteregobook.com/
ちょっと話題を呼んだらしく、あちこちで紹介されている。多くは写真入りだ。見たことがある人も、けっこういるんじゃないだろうか。
In pictures: Online gamers unmasked
http://news.bbc.co.uk/2/shared/spl/hi/picture_gallery/05/technology_online_gamers_unmasked/html/1.stm
lens culture photo book review: alter ego by robbie cooper
http://www.lensculture.com/alter.html
Chris Boot Books: Alter Ego by Robbie Cooper @ Foto8.com
http://www.foto8.com/item--Alter-Ego-by-Robbie-Cooper--boot_alterego.html
セカンドな日常:アバターと持ち主の関係
http://blog.livedoor.jp/nockme/archives/64706925.html
POLAR BEAR BLOG: あのアバターの中の人は?
http://akihitok.typepad.jp/blog/2007/06/post_1e4b.html
下記によると、New Scientistの動画は、本人がお気に入りの見開きを紹介しているものだとか。
New Scientist Technology Blog: Avatar: the other you - New Scientist
http://www.newscientist.com/blog/technology/2007/05/avatar-other-you.html
Cooperのゲームに対するスタンスが、少しだけわかるってところだろうか。どうやら彼は、ゲームとゲーマーの「特異な関係」ではなく「ありのままの関係」に関心があるようだ。
そうだとすると、TelegraphもGIGAZINEもぼくも、彼の撮った映像を適切に紹介したとは言いにくい。三者の混交が望ましいのだろう。しかし、「わかりやすく切り出す」ことや「記者自身にはどう見えたか」にばかり思いが行ってしまうと、それは決して実現されないに違いない。
資料編にはこれも紹介されるのかなと思っていましたが(まあ間接的には既に紹介されてるんですが)、引用「その1」に関しては、Cooper氏自らもblog上で困惑を表明しているように見えます。(きちんと読んでないので曖昧表現。汗)
・Immersion Blog» Blog Archive » Telegraph story about Immersion
http://blog.robbiecooper.org/2008/11/21/telegraph-story-about-immersion/
>たぶん「見たことのないような表情をしているのが、わかるだろう?」
>みたいな話なんじゃないかな。
このパラグラフを読み飛ばしたら、別の記事になってしまいます。
-->
中世以来、出所の怪しい次の話がある。ある人が部屋には入っていくと、男の視線が釘つけになっているのに直面する。部屋の中の男は、手に何かを持っていて、それを見つめている。男の目はどんよりしている。男の唇は声を出さずに動いている。男の魂はどこか別のところにある。それを見ている人は、不安になり、この男が悪魔の魂に支配されていると結論する。実際には、その男は、見ている人が、これまで見たこともないことをしているだけである。すなわち、読書。
<--
ゲームをしている表情を見て、奇異に感じたとしたら....
No.4560さん、うかつでした、そっちの内容まで見てなかった。
ええっ、「そんなこと言ってない」って書いてある……。
そんなことっていうのは、
>「なにもない。感情のわずかな兆しもない。もしも手元が動いているのが見えなかったら、なにをしているところか全然わからないでしょうね」
の部分。誰が言ったのかわからないって……。
記事がゲームに比重を置き過ぎだとか、「無表情のプレイヤーが最も多い」なんてことはない、とも書いていますね。
Kumicitさん、びっくりです。そう読むのか……。
あれれ? だとすると……これは、読者が動画から受けるであろう印象を鵜呑みにしないでくださいね、知らないものについては突飛な思い込みが生じることもありますから、ということですよね。これは順当な説明だと思います。しかし、その後の写真の選び方とは整合しないようにも思われます。
ええええ??? Telegraphの記事って執筆と写真の選択は別の人がするのかな……ライターと編集者が分業(写真は編集者が選ぶ)ってのもよくあることではありますが。
うーん……なにがなにやら。
根拠はないですが、ライターはゲーム攻撃しようとしたけど、編集者がさらりと「人が読書している姿を見て悪魔に憑かれていると思った」というジョークを加筆して、ライターの意図を無力化したのかも。