<学力・生活実態調査>携帯電話で学力低下 持ち込み禁止対応も−−尼崎市教委 /兵庫(毎日新聞) - Yahoo!ニュース(2009年1月12日) はてブ
毎日新聞サイト(2009年1月12日) 魚拓 はてブ
TAKESANさんも採り上げていますが、かなり荒っぽい話です。
ケータイDE学力低下(Interdisciplinary 2009年1月13日)
元データは、尼崎市学力・生活実態調査報告の「平成20年度学力・生活実態調査報告(PDF 2616.8 KB)」。P47(49枚め)以降に出てきます。
学年別・男女別の所持率のグラフ(全体では小5で31.3%、中1で65.5%、中3で71.4%。どの学年でも男子より女子が10%以上多い)が示された後、こんなグラフと説明が出てきます。
「注6」というのは、こういうもの。
(注6) 携帯ありの生徒を「あ」、なしの生徒を「な」と表示し、携帯をずっと持っていない生徒(中1 なし、中2 なし、中3なしは「ななな」グループ)、中3 になって持つようになった生徒(「ななあ」グループ)、中2 になって持つようになった生徒(「なああ」グループ)、中1 から中3 までずっと持っている生徒(「あああ」グループ)の4 つの生徒群を取り出して分析した。さらに、もうひとつ表があります。
◆
この分析、かなり荒いですよね。他の要因(交絡因子でしたっけ?)のこととか偽相関とかについては、ほとんどなにも考えてなさそうな書きっぷりですよね。TAKESANさんがエントリで報道内容に疑問を表明していますが、ほとんどそのまま当てはまりそうです。
おそらくは、生徒の中に「携帯電話を持った結果」家庭学習をまったくしなくなった層が一定数いるのだろうということは、容易に想像できます。しかし、これは携帯電話に限らず勉強以外のことに熱中すると起きることですよね。たとえば部活や外部のサークル、マンガ、テレビ、ゲームなどなど、なんであっても。
もしも「携帯電話が原因となった場合、ほかのケースよりも状況が悪化する」などと言いたいのならば、前記のような要因がからんでいないかとか、それぞれの比較とか、あるいは本当に携帯電話が原因で勉強をしなくなったのだとしても「なぜそこまで携帯電話に熱中するのか(しないでいられないのか)」などを考える必要もあるはずです。単に「持たせないように」という方向に走ると、親子で学校に隠すとか、なんだか訳の分からない方向に走って、学校と生徒や保護者の対立構造さえ生みそうです。
◆
利用時間ではなく「ある/なし」で切る調査方法や分析のしかたなどを見ていると、どうしても「携帯電話を疎ましく思っている」「生徒の環境から排除したい」というような感覚を感じてしまいます。
こうした「携帯電話だのゲームだのネットだのを疎ましく思う」気持ちはわからないではないのですが、それを排除しようとしてしまう傾きからは、かつてのバイクの「三ない運動」を思い出してしまいます。地方によって多少の違いはありますが、「(バイクに)乗らない、(バイクを)買わない、(免許を)取らない」といったものです。どうしても「臭いものにはフタ」に走ってるように思えるのです。
三ない運動については、下記の指摘もとても重要だと思います。
門限条例とバイク三ない運動(女子リベ 安原宏美--編集者のブログ 2006-02-12)
単純な排除では決して解決しない部分があるどころか、場合によっては排除による弊害さえ起きうるということですよね。
ぼくは、Wikipediaの、しかも出典不明な情報ではありますが、下記の主張に賛同します。
本田技研工業創業者の本田宗一郎やバイク愛好家で知られる衆議院議員の笹川尭は著書等で「教育の名の下に高校生からバイクを取り上げるのではなく、バイクに乗る際のルールや危険性を十分に教えるのが学校教育ではないのか」と運動を痛烈に批判している。
もしもなんかするなら、むしろWikipediaでも紹介されている私立生光学園のような取り組みを、今やり玉に上げられているあれこれ(携帯電話やネット、ゲームなど)についてもやるべきなんじゃないでしょうか。
バイク訓練を単位制にした学校(SPORTSCARweb -Spirit of Honda Sports- ●日本のHondaマンの思い出 第一回 最終話 日付不明)
この生光学園のような徹底した取り組みまでは難しいだろうとは思いますが、似たようなことはできるんじゃないかなあ。総合的学習の時間や情報の時間もあるんだし。
◆
もっとも、実際問題としては学校はこれ以上の課題を抱えられない、だから家庭でなんとかしてくれ、という悲鳴だとも考えられないこともなくて。しかし、もしもそうなのだとすれば、学校をムダな労働から解放するのが先にやるべきことだ、とも言えそうです。
こういう携帯電話やネット、ゲームのように、社会ぐるみで(オトナも含めて)状況が変わってきているってときに、ほんとに各家庭の対応(家庭教育)だけでなんとかなるのかっていうと、一部の「家庭教育不在の家庭」が取り残されるだけなんじゃないかとも思えます。だとすると、ほんとは学校でこそ取り組まないといけない問題なのかもしれないとも思うのです。
◆
尼崎市の報告でも、当たり前ですがいろいろな要因が複雑にからんでいることをまるっきり理解していないわけではなさそうです(なんか微妙な表現が多いのですが)。
たとえば、部活をやめた場合と始めた場合での成績の変化、さまざまな持ち物と成績の関連なども調べられています。そういう調査も踏まえたうえで、最後の「Z まとめと今後の取組について」では、こんなふうに書かれています。
[調査結果の主な傾向や課題]とされています。単純に、「携帯電話をもたせなければよいのだ」と考えているわけでもないことがわかりますよね。
(略)
<学校では>
(略)
◆ 担任教師と良好な関係にあると感じている児童生徒は、学校を好きだと感じ、得点率も高い。
◆ 部活動に参加していることは、授業態度や学習習慣に良い影響を与えている。また、学習や生活習慣に悪影響を及ぼす何らかの理由で部活動を辞めた生徒の偏差値は下降している。
(略)
<家庭では>
◆ 家庭での学習時間が30 分までの児童生徒は、小5において減少しているが、他の学年においては、ほとんど変化はない。
◆ 規則正しい生活習慣が身についている児童生徒は偏差値が高い。特に、朝食をとる習慣がある場合とそうでない場合の差は大きい。
◆ 携帯電話を持っていない生徒は持っている生徒より比較的、偏差値が高く、また携帯電話を持っていない生徒が持つようになると偏差値が下がる結果となっている。
(略)(P55)
[今後の取組の方向]
<学校では>
(略)
◆ 適切な生活習慣や学習習慣の指導により、支え合い学び合う学級集団づくりに努めるとともに、日頃から単元ごとの形成的評価を通して補充的な学習指導を実施するなど学校全体としての取組が必要である。
<家庭では>
◆ 「早寝、早起き、朝ごはん」など基本的な生活習慣の確立に努めるとともにコミュニケーションを大切にするなど児童生徒に積極的に関わることが大切である。
◆ テレビ、ビデオ、携帯電話など個人の所有物について、その必要性・利用方法・使用時間等について児童生徒と十分話し合う機会を設けることが大切である。
(略)(P56)
であればこそ、問題を変な方向にミスリーディングしかねないような発表の方法などを見直して、どのように取り組んで行くかをきちんと見当してほしいと思わないでいられません。
◆
だいたい、この手の発表や報道って、無頓着すぎるから気にして欲しいという「届かせたい層」には届かないという問題があることは、以前からあちこちで指摘されていることでもあります。逆に「もともと気にしている人たち」の懸念を強化し、さらに追い詰める方向に機能しやすいのです。治安悪化にしろ学力低下にしろ、事実かどうかではなく、「そういう気がしている」という層が過剰反応しやすいと言ってもいいのではないでしょうか。
もっとも、じゃあどういうふうに発表すればいいのかというと、ぼくだってわからないんですけどね。だからと言って、今のやり方(危機感をあおるスタイル)を続けていても、いいことはないと思うんですよね。
ので、「3ない運動」の話に絞って書きます。
当地では、公共交通機関の便が悪いのにもかかわらず、依然としてほとんどの生徒にバイクの運転免許を許可してません。例外が認められるのは、一部の「受験校」(現役東大合格ゼロの高校を私は「進学校」とは認めないので)でない学校で、極端な遠隔地通学の場合と部活動で帰りが遅くなる場合、に限定されてます。
バイク運転免許取得を広く許可すれば、通学に使用する生徒が大量に発生し、安全運転指導を行わざるを得ませんが、
放課後どころか土日までつぶして学校で受験指導か部活動指導をしてる高校の教員に、そんな余力はありません。
また、カリキュラム上も、実施は困難です。
では、家庭に指導を任せられるかというと、「生徒に何かあったら学校の責任」というのが現在の風潮なので、家庭に任せたつもりになることは、学校および教師にとって、非常に危険な状態です。
13日には、県立高校の生徒が推薦受験申し込みの期日を間違えて書いたために、(担任が自分で確認せずに出願締め切りを過ぎてしまい)その推薦入試を受験できなかった事件の責任を取って、
当該学校の担任や校長が処分され、
県の教育長が辞意を表明しました。
生徒の判断ミスでも、責任を取るのは学校なんですよ。
学校が介入しすぎ、そして多くの責任を学校に押し付けようとしている社会に対して、教師や学校はもっと声を上げるべきだと思います。
そして、現代の社会での問題に対しては、学校という集団で考えられる場を使って子どもたちに考えさせていくべきだと思います。
http://shibuken.seesaa.net/article/87906746.html
のコメント欄でドラゴンさんもおっしゃっていましたが、不信が不信を招き、それがさらなる不信を醸成するという最悪の不信の連鎖だけは食い止めなければなりません。
今の未熟な私には、話し合う事にしか希望は見出せていません。それはきっとつらいし苦しいし何よりも面倒くさいけど、制御不能なほどの不信のインフレよりはましです。
「三ない運動」にしたって携帯電話にしたって、地域で合意できているのならば問題はないと思うし、合意できていないのならば話し合う以外にないわけで。
私が最初に勤めた高校では、私が赴任する数年前に、わざわざ校長室に押しかけてまで堂々と子供にバイクを与えた事をアピールした両親がいたそうです。数か月後、その子はバイク事故で亡くなり、悲嘆した母親は自殺しました。その事件があってから、人権論とか教育論とかそんな様々な理屈を打ち砕いて、自分は子供を守るべき存在だと認めているうちは子供にバイクを与えなくて良いという合意ができたそうです。
もちろんリスク論や教育論の観点から賛否はあるでしょう。非難のほうが多いかも知れません。でも、それらを承知の上でその地域はその合意を選んだという事です。これは最近のここのエントリ記事「実は「図書館を市民の手に取り戻そう」運動?」(↓)
http://shibuken.seesaa.net/article/111718941.html
にも関わる話題だと思いますけど、大切なのは「誰がそれを決めるのか?」、いやむしろ「それを決めるのに誰が参加するのか?/誰の声を聞くのか?」という事でしょうか。
まずは、学校と保護者、地域との風通しを良くするしかないのかも知れません。
実際、三者面談では面談そのものよりも、面談が終わった後の廊下などでの世間話のほうが有意義だったりします。PTAの会合よりも、会合が終わって解散後に気の合う人たちどうしで帰りに喫茶店でするおしゃべりのほうが実はとても大切な事だったりします。部活の試合後に子供たちの活躍を肴に盛り上がる事が、学校や地域の雰囲気を変えていくきっかけやエネルギーのひとつになる事だってあるわけです。以前、kikulogで書いたこのコメント(↓)
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1221526817#CID1221740831
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1221526817#CID1221742335
は、そういう含意を込めていたりします(憂鬱亭さんにはうまく伝わらなかったようですが)。
その意味でも、川端裕人著『PTA再活用論』(中公新書ラクレ)はとても示唆に富む本だと思います。とにかく、学校−保護者−地域のなかに「敵」はどこにもいない――すべてのプレイヤーが「子供のために」という究極的に同じ利害を共有している――という疑う余地のない動かざる事実認識だけは決して失われないようにしなければならない、と切実に願っています。もしも「敵」があるとすれば、それは「無知」以外にないのですから、まずはお互いを知る事が何よりも大切だと心の底から訴えたいです。
福岡・芦屋町が小中学生の携帯禁止、強制力ないが賛否(読売新聞・福島 2009年1月20日)
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20090120-OYS1T00589.htm
魚拓
http://s02.megalodon.jp/2009-0120-2113-18/kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20090120-OYS1T00589.htm
報道を受けて、スラッシュドットでも議論(?)されています。
福岡県芦屋町の教育委員会が「携帯禁止宣言」(スラッシュドット・ジャパン 2009年1月20日)
http://slashdot.jp/mobile/article.pl?sid=09/01/20/0956217
>憂鬱亭さま、
違う県の話かもしれませんが、「女子生徒の服に手を入れて胸などを触る」で免職、「女子生徒延べ10人のスカートの中を携帯電話で盗*撮」して免職、「女性教員を呼び出し、車の中で体を触るなど」して免職といった教員のお陰で、教育委員長が辞任ということですよね。たまたま時期的に受験シーズンだったので取り上げ方が大きかったのですよね。
ちなみに、特別選抜推薦入試の出願手続き忘れは、減給1月などの処分でした。生徒個人の過失の件もあるのかも知れませんが、高校からの推薦が決まったのに当人に伝え忘れていたとかいう件もあるようです。
教育委員長一人の力で教員を取り巻く環境を改善できる訳もないので、教育委員長が辞めるのは異常な気もしますが、間の事情をかなり省くと生徒の判断ミスから教育長が辞任に追い込まれたかのように取れてなかなかすごい話のような気がします。
それにしても、女子生徒の服の中に手を入れて胸を触ると免職で、女子生徒の腹や背中を触ると戒告とか、女子生徒に「好きだ」メールで減給3月で「君のことだけ考えている」メールで減給1月などと、結構きっちりとした基準が出来ているようで好感が持てました。
「盗*撮」のNGワードに引っかかっていることに気が付かずにコメントできずに、今更ながらのコメントです。
#コメントを削除させていただきました。
#亀@渋研X 2009-04-14 18:36:53
#18:38追記:
#この応答だけ残っても意味不明なので、
#こちらも1、2日程度で削除します。
#4/20 17:42追記
#というわけで削除しました。記録は残してあります。