さっき科学ニュースあらかるとさんをチェックしたら、ちょうどよい事例が出ていました。
●「チワワ」も犬。「セントバーナード」も犬。(科学ニュースあらかると 2009年04月28日)
●WHO:「空港での検疫は無意味」(科学ニュースあらかると 2009年04月29日)
前者がハザードの話、後者がリスクの話ということができます。両方をざっくりまとめてしまえば、こんなことです。
豚インフルエンザ由来の新型インフルエンザ・パンデミックの危険(リスク)は増大している。しかし、現状では鳥インフルエンザ由来の場合ほどの危険(ハザード)はないようだ。総合的に見ると、いまのところ、これまで警戒していたほどの危険は認められない。なんのことだかわからんわい、という方は以下をどうぞ。
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■ハザードってなに?
前者の〈「チワワ」も犬。「セントバーナード」も犬。〉では、警戒されていた鳥インフルエンザと、現在注目されている豚インフルエンザの致死率の違いなどに触れながら、〈「パンデミック」は、「大規模な流行の発生」で、 「死者が多数生じる」事では無い〉ということを強調しています。どちらも大流行すればパンデミック(犬)と呼ばれるわけですが、その危うさは、今のところ豚インフルと鳥インフル(チワワとセントバーナード)ではかなり開きがあると見られているので、ごっちゃにして考えないでね、ということです。
このケースでは毒性や致死率の違いが、鳥インフルと豚インフルの「ハザードの差」と言えます。ぼくはハザードを「遭遇したら被害を受けるような脅威」のことと理解しています。走っているクルマ、毒物、兵器など(その破壊力や毒性)を思い浮かべるとよいのではないでしょうか。ゴルフ場にある池を「ウォーター・ハザード」と呼びますから、障害物なども指すのでしょう。
■じゃあリスクってなに?
一方の〈WHO:「空港での検疫は無意味」〉では、日本政府による空港での「水際作戦」には、ウイルスの侵入を防ぐ効果はほとんどないと指摘しています。発症を基準としたチェックでは、10日ほどの潜伏期間中のキャリアはフリーパスになってしまうためですね(通関時のチェック自体は、追跡調査を容易にするので無意味ではない)。それなのに、検疫をパスしたことで「オレは無事だった=感染していなかった」という誤解を生んでしまったら、安心したキャリアが街中を出歩いてウイルスをばらまくという事態につながりかねない。ちゃんと説明しないと、かえって危ういだろう、という指摘です。
これがリスクの問題です。豚インフルエンザの危うさそのものは変わらなくても、豚インフルエンザのウイルスに遭遇する可能性が下がれば危険は減少し、逆に誤解したキャリアが通勤電車に乗って出勤したりすれば危険は増大するわけです。リスクというのは、こうした「脅威に遭遇する可能性」をいう、と理解してよさそうです。
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先の例で言うと「走っているクルマ、毒物、兵器」などの脅威がどれほど致命的でも、走っているクルマに遭遇する可能性に比べれば、兵器の前に身をさらす可能性はかなり低いですよね。また毒物は身の回りにあふれていますが、そのほとんどは誤って口にするような扱いは受けていません。
たとえハザードの大きさが変わらなくても、リスクの大きさは状況によってさまざまに変わります。たとえば遭遇する可能性が極端に小さければ、一度に広範囲に大きな被害を与えるような脅威であっても「潜在的な危険」とみなされるでしょう。一方、比較的小さな脅威でも、頻繁に遭遇するものであれば、わずらわしい程度であったとしても無視するわけにもいかないでしょう。
豚インフルエンザに限りませんが、新型インフルエンザの場合は、ウイルスの種類や変異で獲得する性質によって、ハザードの大きさそのものも変わる可能性があります。新型インフルのややこしいところですね。
このように、その危険の大きさを適切に理解するには、リスクとハザードの両方の大きさを見極める必要があるわけです。おそらく、なにかとリスクが取りざたされるのは、多くの場合、あるもののハザード自体は一定だけれどリスクの増減が大きな意味をもつからでしょう。確率についての理解が普及する前にはハザードばかりが取りざたされてリスクは等閑視されていたでしょうから、ひょっとするとその反動もあるのかもしれません。
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危険やリスク・コミュニケーションについて語るとき、「リスクとベネフィット」とともに「リスクとハザード」の話も出てくることがあります。
「リスクとベネフィット」は「危険と恩恵」とでも訳せばなんとなく意味が伝わると思います。「デメリットとメリット」と置き換えてもいいかもしれません。しかし、「リスクとハザード」は直訳だと「危険と危険」とか「危険性と危険」ぐらいにしかなりません。リスクは危険に遭遇する確率、ハザードが危険の大きさと考えればよさそうなのですが、それだけではどうもわかりにくい。脅威なんて言葉を持ち出しても、あまり変わらない。そのせいか、「リスクとハザード」について触れられることは少なく、両者は混同されていることさえ多いようにさえ思われます。
そんなことを先年来ずーっと気にしていながら、連載では採り上げても、このブログではあまり話題にできていませんでした。豚インフルの情報を追っている間も、なんだか気になっていたのですが、ほとんどのメディアの報道はリスクとハザードを切り分けていないんですね。ひょっとすると、鳥インフルの危うさと豚インフルの危うさは違うようだぞ、と気づいているのかもしれませんが、どっちもインフルエンザのパンデミックだし、専門家も「すぐに変異するから注意しないとまずい」と言うし、まあいいや、という感じなのかもしれません。
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渋研の連載では、確か動物園を使ったたとえ話を書いたような記憶があります。猛獣の牙や爪、体力は大きな危険(ハザード)があり、小動物はごく小さな危険(ハザード)しかない。人間と遭遇すると、前者は人間が危ないけど、後者はむしろ小動物の側が危ない。そこで檻で観客と動物を隔てることで、両者が遭遇する危険(リスク)を下げる。そんな話。
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ときおり「適切に怖がる」(怖がりすぎせず、軽視もしない)ということの重要性が言及されます。ちょっと検索したら、こんな記事がヒットしました。
放射線事故と報道 加藤和明(NPO安心科学アカデミー)
筑摩書房 安全。でも、安心できない… 信頼をめぐる心理学 / 中谷内 一也 著(筑摩書房)
アスベスト最終回 市民のための環境学ガイド(市民のための環境学ガイド)
理性的ではない恐怖から 適切な懸念へ(PDF。農水省意見交換会資料)
新型インフルエンザについても、同じことが言えるでしょう。
適切に怖がるのは、なかなか難しい。危ないかどうか、いや、せめて気にしなくていいのかどうかぐらいは、はっきりしてほしくなる(そう言い出しちゃうと、「ちょっと気にしておくぐらいでちょうどいい」なんて言われて、それもまたもどかしい)。いちいち細かく調べるとか、いちいち考えるなんて無理。
それだからこそ、情報を伝える側も受け取る側も、リスクとハザードの違いについて、ときどき思い出すことができたら、と思います。
最初は「メキシコでの死者は○○名、うち感染が確認されている死者は××人」と伝えられることが多かったですが、
今は後半部分(感染が確認されている死者数)が伝えられないことが多いと感じています。
なので「メキシコで新型インフルエンザによる死者がドカドカ増えまくっている」というイメージだけがドンドン強化されています。
ひょとしてマスコミは
「バンバン数字を増やして派手にやった方がウケる。
それにビビらせた方がみんなインフルエンザに注意するだろう」
とか思ってんじゃないのか?と不安になります。
適切に恐がるためには正確な情報が必要だと思いますが、
そもそもバラ撒かれる情報が歪められていては手も足も出せません。
関係機関から出てくる情報が少なすぎると言われることがありますが、
その少ない情報からさらに削られちゃあねぇ・・・。
さっきkikulogに投稿して来たコメントをこちらにもコピペしておきます。
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http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1240877460#CID1241012472
12. 亀@渋研X ― April 29, 2009 @22:41:12
WHO緊急委員会委員の田代真人氏(国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター長)が、28日に記者会見で、今回の新型インフルエンザウイルスは、今のところ弱毒性であると発表したようです。
新型インフル:ウイルスは弱毒性 田代WHO委員(毎日新聞 2009年4月29日 21時20分)
http://mainichi.jp/select/today/news/20090430k0000m040076000c.html
また、メキシコでの死者のうち、新型インフルエンザが原因と確定したのは7名に下方修正されましたね。感染が確定したのは、その7名を含めて26人とか。一方で、新型インフルエンザの疑いがある死者の総数は150名を超えましたが。
しかし、すでに「まとめブログ”管理”人」さんもご紹介の報道によると、これまでメキシコでは1日に15検体しか感染検査をできなかったそうですから、こうした数字の信憑性も問われますね。今後はアメリカ、カナダが支援するそうですが、いま現在「疑いがある」とされている数字が大きく書き換えられる可能性も出て来たのではないかと思います。
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〈「まとめブログ”管理”人」さんもご紹介の報道〉というのは、下記の記事です。
新型インフル:メキシコ、手薄な検査体制 国民は疑心暗鬼(毎日新聞 2009年4月28日 22時27分(最終更新 4月29日 9時12分))
http://mainichi.jp/select/science/swineinfluenza/news/20090429k0000m030133000c.html
新型インフルエンザ:メキシコ、感染検査「1日15件」 米加支援でやっと強化(毎日新聞 2009年4月29日 東京朝刊)
http://mainichi.jp/select/science/swineinfluenza/news/20090429ddm001040037000c.html
見出しが違うだけで、内容は同一のようです。
>今は後半部分(感染が確認されている死者数)が伝えられないことが多い
そんな感じがありますね。上記の下方修正を発表したとき、どうも「疑いがある死者は150名以上」という話もあったようなのですが、これがロイターにかかると「20名→7名」の部分はスッポリ抜け落ちてました。しかも「疑いがある」と書かずに「とみられる」と書いているので、まるであおり記事そのもの。これが日本では最初期(29日14時頃)の報道だったようなのも不幸なことです。
http://special.reuters.co.jp/contents/flu_article.html?storyID=2009-04-29T135731Z_01_NOOTR_RTRMDNC_0_JAPAN-377624-1.xml
CNNは、もう数十分早く報じているのですが、「関連が疑われる死者数が152人に増え、うち7人が感染例と断定された」なんですよね。下方修正とは書かれていない。
http://www.cnn.co.jp/swineflu/CNN200904290002.html
朝日のサイトなんか、自社記事(17時頃)ではちゃんと下方修正と報じているのだけど、そのすぐ下にロイター配信の記事へのリンクを載せているので、どっちかが誤報なのか? って感じになってました。
http://www.asahi.com/special/09015/TKY200904290112.html
ぼくは結局、さらに数時間後(21時過ぎ)に他メディアが報じるまで、なにが発表されたのかぜんぜん確信がもてませんでした。いまのところ、28日のメキシコ政府発表については毎日の下記記事がいちばん詳しいかな、と思います。
http://mainichi.jp/select/science/swineinfluenza/news/20090430k0000m030079000c.html
>それにビビらせた方がみんなインフルエンザに注意するだろう」
的外れな予想ではないかもしれません。
前述の田代WHO委員も、〈日本の対策については「少しナーバスになり過ぎているところがあるかもしれないが、後手後手になって大きな被害が出るよりは、やり過ぎの方がいいかもしれない」とした。〉のだそうですし。
新型インフルエンザのパンデミックについては、昨年ぐらいまでは軽視し過ぎだと言われて来たわけですよね。いまの豚インフルも変異の可能性を考えると、危険を知らせなければならない側も「甘くみられたら困る」とも考えるでしょうし。
でも、こういう欠落に満ちた報道をしながら「冷静に」「パニックになるな」って呼びかけるって、逆効果じゃないでしょうかね。
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http://home.hiroshima-u.ac.jp/kyh/res/risk.html
> ・リスク riskとハザード hazardの違い
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