2009年05月23日

感染者バッシングの反社会性

kikulogにこんなエントリが上がった。

A(H1N1)@東京: 感染した高校生にも洗足学園にも落ち度はない(kikulog 2009/5/22)

コメント欄で紹介したついでに、こちらでも紹介。

このブログで先日から右上に掲出している3つのブログがあります。

そのひとつ、感染症の専門家(たち)のブログに、こんな記事が上がりました。

感染症と個人情報・介入 その2(感染症診療の原則 2009-05-23)
「生肉を食べてO157感染症になった」
「コンドームを自らはずして性感染症になった」

ということは個人のリスク認知・行動との因果関係が明らかです。
それでもなお、病気の人は「治療やケアを必要とする人」であって、まきこまれた近しい人には個人的モンクはありましょうが、まったく無関係の人が誹謗中傷をする理由はありません。
(感染リスク行動を積極的にしている、感染リスク行動をプロモートしているというのはまた話が別ですが)

インフルエンザはシーズン中に人口の10-20%近くが感染をする感染症です。何をしていても、ワクチンを接種していても100%の予防はできません。

このウイルスに感染することについて個人に何か非があったかのようにいうことは「筋違い」「かんちがい」で自分の無知をさらけ出しているのと同じです。
(略)
渡航制限のない国に行くなという根拠はありません。

もう、外に行かなくてもフツウに日本のコミュニティで感染するフェーズに入っています。

もうひとつは、かつてワクチンのない時代に感染症で障害を得てしまった方のブログです。感染症の恐ろしさを身をもって知っている、れっきとした当事者です。長いこと新型インフルエンザや科学ニュースに関する情報を提供しています。
この方は、感染症の危険性を増大させる言動に対してかなり苛烈な批判をされることもあるのですが、今回の高校と高校生たちについては、こう評価しています。

「風説の流布」や「脅迫」で取り締まれますか?(科学ニュースあらかると 09年05月23日)
(亀注:この高校や高校生たちの行動は)他人に対する影響についてしっかり考えている、きちんと した対応です

この状態に対して、どうしたら「社会的責任を考えろ」や「うちの 子が同じ電車を利用した可能性がある。感染したらどうするんだ」 といった発言がありうるのでしょう?

それは「抗議」ではありえませんよ。
(略)
社会の安定は「因縁をつけるろくでもない大人」を 抑え込まないと得られません。それは「ウイルス」よりも はるかに社会にとって危険な「モンスター」です。
(略)
またこういうケースで「発言者の責任」を問わないなら、 何かのおりに「強制的に発言者を把握する」を押し付けられ かねない、と懸念します。そんなに簡単に見逃してよい 部分じゃないのですよ。

「感染症診療の原則」のエントリでのメインの論点は、むしろこちらかもしれません。
感染症対策で個人情報を必要とする場合は確かにあるのですが、それはほとんどの場合「ごく限定された関係者のみ」に意味があることで、広く公開する必要はありません。

今回の新型インフルでは「学校名」(神奈川)や行動範囲(移動記録)、「職業」(東京)、「居住地」(埼玉県は「町」の名前まで出しました)が報道されています。
(略)
はたしてインフルエンザの対策にこれは必要でしょうか?
それがあると対策が何かかわるのでしょうか?
(略)
初期にインターネットなどで個人を特定する書き込みがとびかったことを考えるとその後の情報公開や報道について関係者は配慮をすべきだったのですが、現在もなお、不用意な発言が続いています。

上掲エントリでは3つの対象が批判されています。不用意に詳細を報道するメディア、患者バッシングを行う個人、わかっていてしかるべきなのに過剰な自粛に走る大学や病院。

一連の問題行動を引き起こす直接的なきっかけを作っているのはマスコミ報道のように思えて仕方がありません。

同業者だと思うと胃が痛い。
あんまり胃が痛くて、つい仕事よりこっちに逃避してしまう(ああ、きくちくんや関係者に怒られる)。


ほんとに人ごとじゃないんですよ。

自分がささやかなボヤキ(「ニセ科学的なものが広がっているんじゃないだろうか」「この話はおかしいんじゃないだろうか」といった指摘や考察、煩悶)をネットで公開することや、雑誌書籍等で記事にすることと、こうやってマスメディアが「新型インフルが〜」と的外れに騒ぎ立てることとが、いろんな意味で鏡像のように見えています。

あれはおれ? ち、違うよね? どこがどう違う? どうなら違うと言える?(汗々

いやまあ、自分の影響力を考えると、大変に不遜な比較なのは百も承知ですけどね(関係ないけど、影響力って英語でinfluenceなんですね。インフルエンザって名前の意味なんかも考えちゃいますね)。
 
posted by 亀@渋研X at 12:00 | Comment(6) | TrackBack(1) | 渋研X的日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする はてなブックマーク - 感染者バッシングの反社会性
この記事へのコメント
>感染リスク行動を積極的にしている

NYでの市内観光、ミュージカル観劇はこれに該当します。自業自得。
Posted by 通行人 at 2009年05月23日 13:40
何ら自業自得ではないのは、種々の記事をちゃんと読めば明らか。自業自得と言った時点で無責任な中傷であること確定。

ここから持論です。
ある程度大きく報道することは必要だと思いますし、校名ぐらいはニュースとして報道すべきではないかと。あまり漠然とした報道ばかりだとニュースを見たり読んだりする気が失せます。私としてはどんなニュースもできるだけ詳しく報道してほしいと思いますし、それができる世の中であってほしいのですが。
Posted by オキナタケ at 2009年05月23日 22:53
通行人さん
彼女たちが渡航して言われるような行動さえしなければ、ウイルスは自分の近所まで入ってこなかったとお考えなのかもしれませんね。

これは単に確率の問題だと思いますよ。

仮に感染した人になにがしかの落ち度があったとしても、彼らや関係者をバッシングすればするほど、リスクが大きくなるだろうとボクは考えています。これから感染する人はその事実を隠そうとするようになるでしょう。行政や報道も、彼らを守らざるを得なくなるかもしれません。その方がよっぽど社会のリスクを高めると思いませんか?

#通行人が聞こえよがしに何かをしゃべったからって、
#それに返事をしちゃうと、どっちが「おかしな人」か
#わかんなくなりそうですね。
#でもまあ、いいか。


オキナタケさん
どれぐらいまで市民も知った方がよいのかは、悩ましいところですね。確かに曖昧な話ばかりでは不安が増すかもしれないとも思います。

昨夜、うちの市内で感染者が出たので、今朝はボクもあちこちの局のニュースを見ようとしてしまいました。30分も経たずにやめちゃって、そのまま今まで忘れていましたけど、気になるのが人情ってものですよねえ。

仮に「○○県で感染者が確認されたけれども、適切に処遇されているので問題はない」とかいう報道があって、それで視聴者は安心できるのだとして。一夜明けたら、自分の居住地で学校だの保育園だのがお休みで出勤もままならない、なんてことになったら怒りが爆発する人がたくさんいそうです。

せめて市レベルまでの情報は欲しいですよね。

一方、町名とか学校名、企業名、入院した病院名、使用した路線とかが報じられたとして……そこや近くを通るのを避ける? 所属している人との接触を避ける?

うーん……うちの場合、あそこの病院に入院してんのかなあ、とはなんとなく思うけど……。濃厚な接触の必要がないなら、ふつうに予防を心がけて行動するしかないですよねえ。知ってもあまり意味なさそう。

「知ったことで気が済む」効果だけのような気がします。それで安心できるなら、それも大事なのかもしれませんが、それで不安をかき立てられる人や余計なことをする人も出てくるだろうなあと思うと……どうなんだろうなあ……。

ただ、ぼくはほとんど外出しないから、こう考えてしまうのかもしれません。もっと強烈な、H5N1とかだったら、また違う感じ方をするのかもしれません。
Posted by 亀@渋研X at 2009年05月24日 00:21
ん〜、「感染者がどこそこで発生」という情報を知って「どこそこへ行かないようにしよう」と考える、なんて有り得ないです。
それなら確かに市や県のレベルの情報でも十分でしょうが(その場合は逆に風評被害を受ける範囲が広がる?)、
一番最初に考えるのは「自分がそこへ近づいていたか?」が普通だと思いますよ。
だからこそ感染者の移動経路まで根掘り葉掘り報道されちゃったりするんでしょう。
まあ本当に感染しちゃってたらそんなこと知ってても無駄なんですが、
「国内には存在しないはずの病気」が突然身近に出現したり、
「感染したら隔離」って言われてる異常事態でその不安を「バカじゃねぇの」と笑い飛ばせます?

ところで、そういった報道のおかげ(?)でいくつかの学校が有名になりましたが、
その裏でほとんど名前の出なかった学校もあったりします。
そういう学校の近くでは感染者発生の事実を知らない人が実際にいました。
「あぁ、そこまだ休校」と教えたらドン引き。
月曜になっても学生が来ないので驚く人もいるでしょうね。
なんなんだろう?この落差は。
数の問題なのかもしれないけれど、よそでは数人でも大騒ぎするのになぁ。
Posted by ゴホンといえばリボ核酸 at 2009年05月24日 23:58
>一番最初に考えるのは「自分がそこへ近づいていたか?」

ああ、そうかあ。そこには気が付きませんでした。引きこもってるからか、想像力が足りないだけか、「後の対応が変わるか」に気を取られたか。あ、全部か(汗

だとすると、知っても無駄というわけでもないのかもしれない。類似症状を発症したときに、「そういえば、あの時期にその建物に長時間いた」と言えるかどうかは,少しは判断材料になるかもしれません。
もっとも、流行前で保健所に連絡とか発熱外来へとか言われている間だけですけど。

>教えたらドン引き。
部分的に固有名が報じられると、報じられていないところはつい除外して考えちゃうのかもしれませんね。

>よそでは数人でも大騒ぎ
地域ごとの対応の差で思い出しましたが、東京では相変わらず特定国への渡航者以外は検査対象外だと言われているようです(「天漢日乗」さん情報。ぼくは未確認)。
Posted by 亀@渋研X at 2009年05月25日 04:42
身近に新型インフルエンザが存在しているととても不安です。
しかし、蔓延(ある意味での絶望)の前後で不安の内容が変わります。
最初は「彼らと接触していた可能性はあるだろうか?」という不安。
まだ「自分も新型にかかるのかなぁ?」と思っているからです。
だから「彼らがどこでどうしていたのか?」が気になります。
でも今は「自分はいつ新型にかかるのかなぁ?」と思うようになったので、
「で、起きたら頭が痛いけどどうすりゃいいんだ!?」的な不安を覚えています。
だってねぇ、
ある程度の割合で高熱が出ない人がいる、とか言われてるわけですよ、
新型インフルエンザ以外で体調不良になることの方がほとんどだけど、
それが新型インフルエンザじゃないかどうかなんて簡単に判断できない・・・。
「そんなにしんどくないから大丈夫」とか考えて自分が周囲に感染を拡大させる可能性がないとは言えない。
でも、インフルエンザでもなんでもないのに病院に押し掛けて医療機関に負荷を掛けるわけにもいかない。
「あれ?なんか調子悪い」と気がついてしまったら、こんなことが頭の中をグール、グル。
Posted by ゴホンといえばリボ核酸 at 2009年05月25日 22:02
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