2007年03月07日

わかりやすさの向こうに

先のエントリを書いて数時間の後、いつもチェックしているブログのひとつ「Interdisciplinary」をチェックすると、しばらく前の記事に目が止まった。インターネットの暗黒面「だけ」を採り上げた毎日新聞の連載「ネット君臨」に関連するエントリだ。

また毎日新聞? またメディアの姿勢の話? だからシンクロニシティじゃないってば(苦笑)

おかげで思い出したことがあるので貼っておこう。この特集の一部の記事について採り上げていたコラムを、以前どっかで読んでいたのだ。

検索してみたら、すぐに行き当たった。

CNET Japan Blog - 佐々木俊尚 ジャーナリストの視点
http://blog.japan.cnet.com/sasaki/

だ。3度に渡って採り上げられている。

毎日新聞連載「ネット君臨」で考える取材の可視化問題(2007/01/25)
http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2007/01/post_10.html
毎日新聞「ネット君臨」取材班にインタビューした(2007/02/21)
http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2007/02/post_12.html
新聞が背負う「われわれ」はいったい誰なのか(2007/02/24)
http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2007/02/post_13.html

ぼくが読んでいたのは初回(01/25分)だけだった。いつの間にか増えてたんだけど、気づかなかった。が、残り2回のおかげで、佐々木氏のスタンスも問題意識も、そして毎日新聞側の問題点(あるいは限界)もより明確になったと言っていいだろう。

で、まあ、この記事の内容そのものについて思うところはいろいろあるのだけど、今はそれを書きたいわけではない。例によってあっちこっちいろいろ感想やら論評などが出ているのだけど、比較的ぼくに近いのはこれかなあ、と思うので、それを紹介してお茶を濁しておこう。

不倒城:毎日新聞の新特集関連で香ばしい事態が発生している件について。(2007年01月04日)
http://mubou.seesaa.net/article/30803742.html

既存メディアについてここまでシニカルにはなりきれないけど、その点を除けばまあおおむね同意見です、はい。

   ◆   ◆   ◆

この特集記事をふりかえって、改めてどうしても思ってしまうのは、「わかりやすさ」追求の弊害。

これは憶測に過ぎないが、この毎日新聞の特集は、異論もあることをわかったうえで、あえてそちらは載せていないのではないか。そういう記事づくりの方針は少なくないと感じているので、ぼくにはそう思えてしまう。

この特集がこんなにもアンバランスなのは「わかりやすさ追求」だけが理由ではないかもしれない(たとえば、佐々木氏がコラムの最後の最後で指摘するように「弱者のための」という道を毎日新聞が選択した結果のゆがみという面もあるのかもしれない)。
だけど、「わかりやすさ」を考えることに慣れ過ぎて「一方の見方だけを載せてしまう」ってことがあるように思えてしかたがない。

以下、記録も取っていなければ調査もしていないので、事例を実際に挙げることができない。だから飽くまで印象の話になるので割り引いて読んでほしい。

つい何年か前まで、メディアはネット利用の有効性「だけ」を採り上げた特集をいくつも掲載していたと記憶している。その頃、ぼくの周辺では「注意点を盛り込もうとしても、うまくいかない」というような話題が出ていた。
ある技術なり文化なりが広がって行く過程、特にまだ世間にあまり浸透していない段階では、一日の長がある連中がライターとして起用されることが多い。そして多くの場合、彼らはメリットとデメリットに既に気づいている。
しかし、それなのにそうした「デメリットもあるよね」が紙面に出ることは、なかなかないのだ。多くの場合、新技術などを推進したいと思っている書き手が起用されやすいということを差し引いても、デメリットや限界についての記述は外に出にくいのだ。そして、それを書き手もあきらめている部分がある。
「論点が増えると主張がわかりにくくなる」と、自分たちでさえ考えているからだ。「これを入れるとわかりにくくなるよね」「そうねえ、焦点がボケるよね」「じゃあ、やめとこうか」「そうしよう」というようなことについて、あまりにも慣れてしまい、モノワカリがよくなっているような気がする。

アリバイ工作的な両論並記などではなく、「だけど、これも言っとかないとね」というバランス感覚がないわけではないのに、そのバランス感覚が発動されにくいといえばよいのだろうか。
これって、愚痴や泣き言、言い訳かしらん、とも思うのだが。

しかし、なんとかしてそこを乗り越えて「少々分かりにくくなっても、『これも言っとかねばならない』と考えている注釈」を紙面に残すことについて、仮にデスクだの版元だのなんだのに煙たがられても、ぼくらはもっとガンコになり、モノワカリが悪くならなければならないのだ。おそらく。

   ◆   ◆   ◆

ちなみに、いま「ネット君臨」トップページには「第1部・失われていくもの/4」以降の記事だけが並んでいる。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/index.html

「一覧」には全記事へのリンクがある。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/archive/

この状態からして「ネット慣れしていない」と感じてしまう。けど、まあ、これは余計なお世話ですか。そうですか。


posted by 亀@渋研X at 08:21 | Comment(1) | TrackBack(0) | 渋研X的日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする はてなブックマーク - わかりやすさの向こうに
この記事へのコメント
今日は。

 >「わかりやすさ」を考えることに慣れ過ぎ
 >て「一方の見方だけを載せてしまう」って
 >ことがあるように思えてしかたがない。
これはあるのかも知れませんね。そして、結果的に、偏った内容になってしまう、という。

 >「少々分かりにくくなっても、『これも
 >言っとかねばならない』と考えている注
 >釈」を紙面に残す
こうなって欲しいですよね。読者の側も、それを求める態度が必要ですね。
Posted by TAKESAN at 2007年03月07日 12:21
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