2007年11月13日

メディアが犯罪行動を誘発する可能性は極めて低い(松文館裁判)

ひょんなことで松文館裁判(2002年夏の家宅捜査や任意聴取・逮捕に始まり、2007年6月になって最高裁の上告不受理によりようやく結審)の記録を読みふけってしまった。

松文館裁判
http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Tone/9018/shoubun-index.html

有罪判決はもとより、なんでここで採り上げられている作品やその出版が立件されなければならないのか自体が理解できないままだ。警察・検察・裁判所の判断に整合性があるようには思えない。

が、ここでクローズアップしたいのは、わいせつ裁判としての松文館裁判ではない。同裁判の証言と意見書(いずれも2003年)のなかで述べられている「『メディアが犯罪行動を誘発する可能性は極めて低い』ということは立証済み」という件。
既に「メディアが犯罪行動を誘発する可能性は極めて低い」ということは、社会学者の宮台慎司氏も取り上げていますグラッパーの「限定効果説」によって立証済みであり、その後追加された研究によってもその結論を覆すような結果は出ていないと考えています。メディアが犯罪に影響を及ぼすか及ぼさないかということについては既に結論が出されているというのが私の基本姿勢です。その上で、コミックというのは非常に特殊な表現形態であって、普通のメディア以上に犯罪を引き起こす可能性は低いと考えています。


宮台真司氏の意見書は、正直にいうと最初は読む気になれなかった。けど、上記を読んでから改めて確認してみた。
(略)
【強力効果説から限定効果説へ】
■暴力的なメディアや性的なメディアが、受け手を暴力的にしたり性的にしたりするという「強力効果説」の発想は、20世紀の初頭に新聞・雑誌・ラジオが大衆化して以降、必ずしも実証を書いたまま、いわば大衆的な通念として流通してきた。今もそうである。
■ところが20世紀の半ばにジョセフ・クラッパーが登場し、数多くの実証的な社会調査を積み重ねた上、「限定効果説」を提唱し、学会の主流学説となった。メディアの(悪)影響を実証的に研究するアプローチ(効果研究)自体も、彼の実証研究を嚆矢としている。
■「限定効果説」とは、暴力的なメディアに接触した子供が暴力的に育つということはなく、たとえそのように見える場合も、実際には「選択性メカニズム」と「対人ネットワーク」というパラメータ(外性変数)が利いている、とする立場である。
(略)
■火薬が充填されていれば、メディアが引金を引かなくても、いずれ別の要因が引金を引く。だから、メディアを除去することは何の解決にもならない。そればかりか、なぜ火薬が充填されたのかという真の問題を覆い隠す「気休め」に過ぎない、と。
(略)
【その他、暴力的メディアについての効果研究】
■結論から言えば、メディアの悪影響についての実証研究は数多くあり、報告書の結論において「悪影響あり」とするもの、「悪影響なし」とするもの、それぞれ存在する。しかし、報告書の中身に立ち入ってみると、実証されている事柄には限りがあることが分かる。
■第一に、対象がテレビ番組の暴力表現に偏っている(前述)。第二に、もともと暴力的素因をもつ子供は暴力的メディアで短期的模倣を生じやすいこと。第三に、暴力的素因はメディアよりも家庭など人間関係要因によって形成されること。第四に、暴力的メディアを頻繁に利用する子供は現に暴力を頻繁に振るっていること。
(略)
■この第四の相関関係は誤解されやすいが、「暴力的メディアに接触したから暴力を奮う」という因果関係は実証されてない。むしろ、もともと暴力的素因をもつがゆえに、一方で暴力的メディアに接触し、他方で実際に暴力を奮うと解釈される必要がある。
(略)
■こうした事情を踏まえて、カナダ下院「テレビの暴力に関する報告書」1993年は、テレビの暴力シーンと実際の暴力行為の間に決定的な因果関係(強力効果)が実証できない以上、法的な規制は不適切であり、関係者が協力して問題に取り組むのが良いとしている。
(略)
http://www.miyadai.com/message/?msg_date=20030502
一読して、「じゃあ、なんで今でも何かあるたびにテレビだアニメだゲームだってもんが原因だって話が出るの?」という疑問が出てくる。「第四の相関関係」のせいなんだろうか?
原文では、根拠となる論文等も挙げられている。関心がおありの方は、ぜひリンク先を参照されたい。

以下余談。というか、そもそもの裁判についての感慨。
「オタク精神科医」と呼ばれちゃった斎藤環氏(第7回公判)と憲法学者・奥平康弘氏の証言(第8回公判)は圧巻。編集者・藤本由香里氏の証言は痛快(第8回公判)。元マンガ家でもある被告・松文館社長の証言は哀切。
作家自身の証言は悲喜劇こもごも、しかし、作家の奥さんのブログは……すいません、通読できません……。

いざこざの外
http://plaza.rakuten.co.jp/bihatuyome/

さらに余談。
きっかけはWikipediaで「ちばてつや」の項を見たことだった。そこには関連項目として「松文館裁判」へのリンクがあり、しかも「松文館裁判」の項にはちばてつやに関するなんの情報もなかった。どういうことなのかとググって上記サイトへたどりついたのだ(控訴審でちば氏が証言していた.興味深い部分も多々あるけど、まあ、それはいまは別の話)。Wikipedia「松文館裁判」には上記サイト(や、類したサイト)へのリンクさえも掲載されてない。
「ちばてつや」の関連リンクに「松文館裁判」を記載した人は、どういう意図があったのかなあ(いや、履歴をたどれば多少はわかるのかもしれないんだけど、そこまでする気にもなれない)。
posted by 亀@渋研X at 17:44 | Comment(2) | TrackBack(0) | 渋研X的日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする はてなブックマーク - メディアが犯罪行動を誘発する可能性は極めて低い(松文館裁判)
この記事へのコメント
今日、見つけてしまいました。
 ゲームやテレビの暴力描写は「たばこの次に有害」と米研究者
だそうです。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0711/29/news047.html
Posted by yebisu500 at 2007年11月29日 19:07
情報ありがとうございます。
日経BPにも記事が出ていますね。

「テレビやゲームの暴力的シーンが社会の脅威に」,ミシガン大学の研究者
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Research/20071129/288371/

発表資料へのリンクがありました。
http://www.ns.umich.edu/htdocs/releases/story.php?id=6203

が、どう考えればいいんでしょうかね。
宮台ブログにあった
>報告書の結論において「悪影響あり」とするもの、「悪影響なし」とするもの、それぞれ存在する
ってこと……なんですかね。

自力で両方を読み比べて評価する……のはつらいなあ(汗

ふたつの報道記事でも、大学のサイトにある発表資料を見ても、「調査でなにとなににどういう関係があることがわかった」かということは、触れられていないですね。これじゃあ、どうやって「メディアの暴力シーンが悪影響を与える」ということを確認したのかわからないではないですか(-_-) うーん、なんとかしてJOURNAL OF ADOLESCENT HEALTHの記事を読むしかないんですかねえ……
Posted by 亀@渋研X at 2007年11月30日 04:26
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