2008年02月03日

やっかいな思い:「解決はしません」と原点(なのか?)

前エントリの続きと言うかなんというか。
先日「【メモ】消化不良:科学への信頼とか」として採り上げた、いくつかのエントリへのもやもやが、なにに由来していたものなのか、少しはわかったような心持ちになっている。でも、今は感想程度のことしか書けない(ていうか、自分語りと一般論の混沌みたいな、しかも長い雑文なので、読む甲斐はないかも。ぼくは、自分のためにこれを書いておかないと気が済まないだけなのだろうと思う)。

たくさんの論点があるとは思うのだけれども、今は

「断片的にしか共有できない」ゆえの限界 と 善意のやっかいさ

を、改めて強く認識したってところだろうか。誰に向けて、とか、届く届かないとか以前の話として。

■ここ数日の騒ぎからの連想
ニセ科学でも疑似科学でもオカルトでもおまじないでも法律でも、なんでもいいけれども、「確からしさ」を求めない人間はいないだろう。自分なりのフィルターだってあるに違いない。その辺は「酒屋の若旦那と裁判」でもちょっと書いたつもりだ。
ただ、その人にとって重要性が高いとどこかで感じられていなければ、検討がぬるくなる。センサーが甘くなる。それが実はどれほど危険を秘めていても、危険に気づいていなければ。


その結果、口に入れたときに「変な味がする」と吐き出しおおせて無事に暮らせる人もいれば、気づかずに(あるいは空腹に負けて)飲み込んで具合が悪くなってしまう人もいる。
そりゃあ不注意なのかもしれないが、現代人のセンサーってそんなもんだよね、と多くの人も思うわけで(あるいは別の理由でかもしれないけど)、「飲み込んでしまった人を誰が責められるだろう」(いないと思うけど)という話になる。
ところが場合によっては、責めるどころかあざけり笑う人さえいる。それはひど過ぎるだろう。「そちら側」には行きたくない。
が、「無理もないよね」「オレがその立場だったら」なんてことに気づかなければ、「バッカじゃねえの?」と思ってしまうことは、これまた「無理もないよね」。

実のところ、うちは問題のギョウザは愛用品で、先週は「そういうわけで、今週のご注文分はお届けできません」と生協から電話があった。食品のストックのなかには、回収対象品のレトルトカレーもあった。被害に遭ってないのは、偶然でしかない。
焼きたてを、ラー油入りの酢醤油なんかどっぷり付けて口に放り込んで「はふはふ」食おうってんだから、気づかないで飲み込んでも何の不思議もない(余談ながら、中野でギョウザ屋をやってる大阪出身のオバハンに言わせれば、関東人のギョウザのタレの作り方は醤油が多すぎるのだそうな。酢と半々がいいってことで、オバハンの店では生醤油はカウンターに出していない。調合済みのタレしか使わせないのだ)。

■「語ること」と「拒否」「拒絶」
だから、というべきか、しかし、というべきか。

たとえば「なにかを人にゆだねるということは、何らかのリスクを得ることだ。それは自分が担うときのリスクとは、また別のものだということがある。そうしたリスクを回避するための手段として、いろいろなものが必要で、それが常に機能しているとは限らない」という、ごくごく基本的なことを、ときどきボクらは思いだした方がいい(仕事の依頼であれ、マスコミ経由の言説であれ、師匠の訓話であれ。そして、慣れや多忙、焦りはそうした注意を鈍らせる)。

そうしたことを、できるだけ穏やかに指摘しようが、直接間接に進言しようが、それが「自分を棚に上げている」「なにを今さらわかりきったことを」「それは押しつけ」「上から目線」「大きなお世話」と受け取られることがあるばかりか、「非難」「罵倒」「生き方の否定」とさえ取られ得ることは、否定も拒否もしようがない。言い方や書き方が悪い場合だってもちろんあるだろうし、自戒を込めて自分用の心覚えとしてこっそり語る以外は全部不遜だって怒られる場合だってあるだろうし、ただの誤読もあるだろうし、言いがかりをつけるのを楽しんでいる人もいるかもしれない。
だけど、「ああ、そうだったそうだった」とか「えっ、そういうもんか」とか思ってくれる人が、たまーにどっかにいれば、それでよしと考えるしかない。

当たり前のことだけど、できるだけ不注意なことはしないようにしよう、語るときは常に読む人(言われる人)のことを考えよう、そう肝に銘じるしかない。
それとともに「誤解だ」と思ったら、「誤解だよ」と一席ぶってみよう。実は自分がおかしかったかもしれない。「ほんとに誤読かな」と虚心に考えてみよう。「わからん」と思ったら、「わからん」と言ってみよう。10人が10人ともケンカを売られたと見なすとも限らないだろう。
相手にも第三者にもわかるところで語りかけることを「公然とした攻撃だ」「本人にそっと伝えるべきだ」という人もいれば、同じことを「そんなところで語られてもわからん」「陰口だ」という人もいるし、「オープンでいいんじゃね」「つか、それが基本しょ」という人もいる。
だからと言ってあきらめるよりは、素朴に期待しよう。

■年に一度ぐらい思い出す「イッコハンコ」
「断片的にしか共有できない」ということは、商売で本を作っていても、同じ思いに何度もとらわれる。けれども、それで悲観的になっても始まらない。前にも書いたけれども「世界は中途半端だけれども、だからといって世界や人類が出来損ないだってわけじゃない」みたいなもんで、すれ違おうがケッつまずこうが、歩くしかないんだもん。

そう言えば、オヤジが20〜30年前に「イッコハンコ」と言っていた。「毎年毎年、何十人もの学生を相手にするけれども、そのなかの一人かそこらでも伝わればいいという思いでなければ、大学の教員なんかやってられない。ぼくらはそれをイッコハンコと言うんだ」というような話だった。どんな字を書くのかもわからない。いまググってみたら「一個半個」なのかな。同じような意味で、漢詩に出てくるみたいですね。

「そのなかの一人かそこら」というのが、一年に教える学生のことなのか、生涯の教え子全部のことなのか、それはわからない(聞いたような気はする。きっと「生涯」と思いたくなくて忘れようとしているのだろうなあ、オレ)。しかし、無名とはいえ、また哲学なんてややこしいことをやっていたとはいえ、仮にも教室に学びに来ている連中(少なくとも「受け止めよう」と思ってる率はWebや世間一般より高いよね)を相手にしゃべったりする立場の人間ですらそんな歩留まりなんだから、一介のウマノホネの言ったり書いたりすることなんか、もう……どんだけ〜? ですよね(もっとも彼は教育者であるよりも研究者であろうとしていたと思うけど、まあそれでも誰が見ても並べて語るのは不遜だというぐらいに、だいぶ立場が違うよね)。

■2年に一度ぐらい思い出す父方の祖父
父方の祖父は、ちょっとややこしい事情で比較的若くして死んだ。緩慢な自殺と言ってもいいかもしれない。その死は新聞にも報じられ、主義やら思想やらに殉じたと伝えた人も、同情を表明した縁者もいたことがわかる。死後五十年経っても「キミのオジイサンは素晴らしい人だったんだよ」と熱く語ってくれた人もいた。
一方で、死の当時には「愚者の典型」「信ずべからざるものを信じていたおろかなもの」「生存競争の敗者」と評した知識人たちもいた(いずれもその真意がどこにあったかは、今は問わない)。「なんということだ。なんということだ」と慨嘆とも恐怖ともつかない言葉を残した作家もいた。
オヤジは「主義主張に殉じたなどという単純なことではないと思う」としか言わない。もう、他人に言及されることは、おそらく絶えて久しくない。

当然だけれども、ボクは話したことはおろか会ったこともないわけで、祖父や祖父の行為がボクのなかで鮮明な像を結ぶことはない。そして、ぼくには祖父(がどんな確信を持っていたのかはわからないけれども)やオヤジのような確信も学識も明晰さも伝えるべきナニほどのものもない。もっといろいろ足りないかな。粘り強さとか真面目さとか慎重さとか。

まあ、でも、そんなもの、なのだろうと思うしかない。

これはまあ、内田春菊だな。『解決はしません』てやつ。むしろ、あきらめるか、あきらめないか、という話ですね。であれば、あきらめられるところは明るくあきらめて、あきらめられないものは、暗くなっても引きずって行くしかないやね。

■Webとか紙とか言葉の応答とか
それにしても、やはりWebに書くってのは、雑誌や書籍に書くことよりも、よほどセンシティブだ。特に、ボクが仕事をするような、あまり認知されていない媒体よりは、よほど。赤剥けになったむき出しの肌を触れ合うようなところがある。
ぼくのように頭の回転の遅くて、しかも緻密に論を組み立てることが苦手な人間には、自分の言説がブーメランのように自分に返ってきたのか、それとも似て非なるものに目を留めてしまっただけなのか、今もまだわからない。で、わからないから内容そのものについては、反論したらいいんだか共感したらいいんだかさえ、わからないままだ。

だけれども、Genさんの最新のエントリ「いろいろ応答します」(前エントリ参照)のおかげもあって、「誰に向かって投げられた石か、それがわからないままに拾いに(自分から当たりに?)走ったって、まるっきりムダになるとは限らない」みたいなことも思った。「犬も歩けば棒に当たる」かな。
別に、ぼくがここに書いたからdlitさん、黒猫亭さん、TAKESANさん、poohさん(前エントリ参照)がGenさんのエントリを採り上げたわけではないかもしれないけれども、少なくともエントリにしてなければトラックバックはもらえない。Genさんだって、コメントしに来てくれたりはしなかっただろう。

なにかぼんやりとわかったようなことがあるにしても、自分で考えてわかったというよりも、上記のみなさんがエントリを上げ、きっかけとなったGenさんがまた精力的に各ブログのコメント欄で質問に答え、またご自身のブログでは追伸的なエントリを上げてくれたからだとも思う。いや、本当に一昔前なら考えられない。掲示板文化とは明らかに違うなにかが育っている(もちろんやっかいさもあるようだとは思うけれど、それが新しいやっかいさなのかというと、「そうでもないんじゃない?」とも思う)。

意を同じくする人との言葉の交換を馴れ合いと呼ぶ人もいるだろう。けれども、伝わらない言葉だけを抱えて語り続けられるほど強くは、ない。伝えたい人に伝わるように語ろうとする。これは止まらない。誹られることがあっても、そのために掘り下げ、刺激し合えるだけでもよしとしよう。

追伸:
「『善意』が出てこないよ」と思った方、ごめんね。全体的に「善意のやっかいさ」の話になってる……つもり(^^;;

posted by 亀@渋研X at 04:44 | Comment(3) | TrackBack(0) | そもそも | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする はてなブックマーク - やっかいな思い:「解決はしません」と原点(なのか?)
この記事へのコメント
こちらでははじめまして。長文エントリーお疲れ様です。これまで書き込みそびれていましたが、拝読させて戴いています。

亀@渋研Xさんの文体は、何か一種朦朧体のような興趣があって面白いですね。一直線に結論に至るような明快な論理はない替わりに、そこに至るまでに考えるべきいろいろな事柄に対する示唆の身振りを鏤めながら、一見よろよろと歩みを続けるという印象で、やはり暗示的とか示唆的という表現が的確なのでしょうか。

常々ご自身の文体について謙遜されていますが、アンテナを目一杯感度良く開いておられる印象で、何かを言い切ることを目的視して発話する人に対して何かを言い切らずにあちこち道草されることで有益な示唆を与えていると思います。

前回のエントリーのように積極的に「まとめ」役を買って出られる辺りも、そのような役割を意識しておられるのかな、と思いますので、今回の問題についてもそちらのお仕事に素直に乗らせて戴いたというのが本当のところです。

今後とも、よろしくおつきあいください。
Posted by 黒猫亭 at 2008年02月03日 11:34
今日は。

亀@渋研Xさんの文章は、「切り離してしまわない」所が、素晴らしいと思います。
あらゆる物事の「結び付き」を意識なさって、それを安易に独立したものとして考える事に抵抗を感じておられる、というのが、窺えます。関係性への敏感さ、と言いますか。
それを忠実に文章にしようとすると、ぱっと見では混濁しているようですが、その実は、思考が渦巻いているのを意識しながらそれを腑分けして論じようとなさっている、という部分が見て取れます。

たまに、全体性が重要だから全体的に語ろうよ、的な、分析を蔑ろにした開き直りとか、表面的には分析的に論じられているようで、実は内容はぐちゃぐちゃになっている、という思考の人もいますが、それとは正反対だと思っています。

賢い人というのは、思考の枝葉がどんどん分かれてくるのですよね。それを整理するのは、かなり骨が折れますよね。そのための最適な道具が、科学だったりする訳ですけれど。
Posted by TAKESAN at 2008年02月03日 14:50
黒猫亭さん、あらためて、ようこそ。
「まとめ役」というか、ぼくができる菊池くんのサポートみたいなことがあるとすれば、少しずつでも編集者としての役割を受け持つことだろうと思ってはいます。だけどなんというか、このテーマはすごく重くてかさばる。無知なぼくには手に余っていて、うまくできてる気は全然しませんが。
あ、もちろんそれはそれとして、ぼくなりの問題意識もあってゴソゴソしているわけでもありますが。

ところで、黒猫亭さんもTAKESANさんも、水槽の亀にむやみにエサ(ほめことば)を与えてはいけません。太ります。メタボ亀。
それ以前に、食べきれなくて水が濁って早く死にます。決まったエサを少しあげるのが、長く楽しむコツです。

ぼくはTAKESANさんのような適格な短さや、黒猫亭さんのようなしなやかな文体に強烈なあこがれを持っています。きくまこ氏の平易かつ明晰な文章も舌を巻いています。

実は、TAKESANさんの「たまに、全体性が重要だから〜実は内容はぐちゃぐちゃになっている」というのはてっきりボクのことだと思って、そうなんだよお、なんて独りごちながら読んでいたぐらいで(大汗)。
Posted by 亀@渋研X at 2008年02月03日 17:32
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