詳細は上記リンク先をお読みいただくとして、概略はこんな。
たとえば、X軸に水伝に対する関心の度合いを、Y軸には科学的リテラシーをプロットして、四面のマトリックスでカテゴライズするとしますね。ポップアップ・メニューとかボタンでチェックとかがあって、それに合わせて項目が出てくるとかいう感じでしょうか。ハイテクだなあ(違うか)。
(略)
このようにカテゴライズすることで、たとえば水伝FAQの入り口の部分に自己診断的な装置としてこのマトリクスを置いてリンクを張ることで、それぞれのカテゴリーに該当する人々に特化した問題性を解きほぐすというケアが可能になります。
(略)
ただ、問題なのは、この種のマトリックスというのは多分に差別的なニュアンスで受け取られがちな性格があるわけで、(略)。入り口の段階でこういうカテゴライズを提示することで、悪意的な閲覧者から「ニセ科学批判者が賢くてビリーバーが莫迦だ」という自画自賛の看板と視られるリスクは、多分確実にあるわけです。パッと見て「ああ、ニセ科学批判者がコイズミやチームセコーのやり口をパクってら」と思う人というのは少なくないと思うわけです。
(略)
そういうイメージ面のリスクと誘導の便宜を秤にかけた場合、どちらを重視するかは悩むところで、何か良い知恵はないか、皆さんのご意見を伺ってみたいと思っています。
Posted by 黒猫亭 at 2008年02月13日 15:15
で、ぼくは「メタとベタの中間ぐらいの落としどころがあればいいなあ」ということを考えています。
その話(黒猫亭さんのコメントへの直接の応答)をする前に。
●目的別クロスインデックスは、かなりベタ
あのFAQには「目的別クロスインデックス」って感じのものを作れないかなってことは、前から考えています。考えてはいるのですが、コイツはかなりベタなものになりがちでして。いろんなレイヤーでの関心の持ち方があるので、網羅的に考えると下記のような感じの一見混乱したものになりやすいんです。
- 水伝はいい話だと思う → 実験、○○、論点15、20...
- 水伝を科学の観点から批判するのはおかしいと思う → 実験、○○、論点15、20...
- おかしな話だとは思うが、信じてもかまわないのではないか → ......
- 水伝そのものについて知りたい → ......
- 水伝のどこが批判されているのか知りたい → ......
- なぜ水伝を信じてしまうのか、どんな人が信じているのか知りたい → ......
etc. etc. ...
これ、FAQの「論点」とあんまり違わないことにもなりかねない。
黒猫亭さんの考える「水伝への関心度」やマトリクスよりも、はるかにベタな見方なわけですよね。黒猫亭さんの方が、より広くて抽象性が高い=メタな分類だということはいえると思います。
で、メタな視点を採用しないと、ベタベタ&むやみに項目の多い「目的別クロスインデックス」ができあがるのみ……という(大汗
これは上策ではない。
だから黒猫亭さんのようなメタ視点も入れたい。
なので、ぼくもみなさんのお知恵を拝借したいです。
よろしくお願いします。
で、直接の応答は、あとで(うわ、ずるい)。
22:39追記
些末な部分かもしれませんが、「直接の応答」でございます(汗
●「関心度の高⇔低」で読み解いてオッケーか?
自分が些末なところに落ちて行ってる気がしないでもないんですが、「関心度の高⇔低」っていう軸はそれなりに有効だとは思いつつ、どんぐらい有効なのか、なんか抜け落ちる部分がないか、っていう不安があります。
水伝などに関する、なんか引っかかる言説を見るときに、「ああ、内容を吟味していないのではなくて、それ以前に主張そのものをよく知らないのだな」ということを、ぼくはよく思うんです。
これ、黒猫亭さんの考える「水伝への関心度」と重なる部分があるとは思います。ただ、ちょっと違う部分もありそうな気もするのです。「関心が低いから知らない、勘違いする」とは限らないんじゃないか。
関心度が低い場合は、あんまりカテゴライズにもプレゼンにも問題が起きない気がします。問題は「関心度が高いけど、内容等をよく知らない」「関心度も高くて、内容もそれなりに詳しく知っているのだけど、納得力を発揮して歪めてある」なんていうことがないか。
いや、そういうことがあっても問題が起きそうになければ、それはそれでいいのだと思うのです。これはビリーバーに特有とかで、あんまり気にする必要はないってこともあるかもしれません。
ですが、自分でもそこら辺が明らかでないので、少し詳しく述べます。上記で「ああそうか、それはね」とわかる方は、以下は読まなくていいのかも(汗
先に「内容を吟味」とか「主張そのものをよく知らない」と書きましたが、それがなんの内容・主張かと言えば……
1.水伝そのもの
2.水伝に対する批判
の両方ってことになります。
「よく知らないから変な判断をしちゃう」というのは、別に信じてる人・好意的な人や、批判することに対して懐疑的な人ではなくても、たとえば、率先して批判する人でもおそらく起きています。
また、ほかのニセ科学的言説でも同じ構図は多いのではないかとも考えています。たとえば「波動」でも「ゲルマニウム健康法」でも「マイナスイオン」でも。理系の知識なんかほとんどがなくても、吟味=文脈を追うだけでおかしいとか危ないとわかるようなケースも少なくないのに足を取られるのは、上記のようなことがあるんではないでしょうか。
●「知っている⇔知らない」と「納得力(負の納得力)」
一方に、一部で「納得力の発揮」と呼ばれている現象があります。「認知的不協和」とか「確証バイアス」の仲間かな。
たとえば、自分好みの言説だということだけに着目して、主唱者の言ってない根拠だの論理だのを勝手に補っちゃうとか、自説との整合性において不都合なところには目をつぶっちゃうとか。水伝でいえば、「植物だって音楽を聴かせると」「音波が水に影響を与えるってことはありそう」みたいなのは、この仲間(前者の勝手に補うケース)かも。
「敵の敵は味方」という過ちを冒すのも、これが一部にあるのでしょう。あるビリーバーが別のビリーバーの支持を表明しちゃったりするパターン。相互に矛盾する主張であってもやっちゃうこと、ありますよね(不都合なところには目をつぶるケース)。「いいとこどり」「つまみ食い」とでもいうか。
これ「共感」や「関心」と関係ないっていうか、共感が原動力な場合もあれば、そうじゃない場合もあるってことですよね。関心度は高い場合もあるんだけど、そうとも限らない。
「納得力」は、多分、批判者側にも「負の納得力」みたいなものがある場合があって、これは「反射的な拒絶」とか「わら人形批判」とかにもつながるんでしょう。「それはあり得ない」とか「それは科学主義だ」とか言うときに、「負の納得力」が発動されちゃってるだけ、ってこともありそうです。
●「目をつぶる」は「知らないのと同じ」かも
こういうことは、「よく知らなくて早とちり」でやっちゃったりすることが多いとは言え、かなりよく知っていてもやっちまうことはありそうです。問題点に目をつぶれてしまうのであれば、どれほど知っていても起き得る。
目をつぶった時点で「知らない」のと同じ、という分類は可能かもしれません。関心が低いわけじゃないけど。
たとえば、最近どっかで起きた水伝にまつわる騒動と言われているものの内容を、ぼくはよく知らないのですが、遠くからちょっとだけ眺めてこんな図式を考えたことがあります。
ある「水伝をよく知らない+納得力の発揮」現象がある → それを見つけた第三者が批判する → 批判された側に「水伝も批判の内容もよく知らない+(批判された人をよく知っていることによる)納得力の発揮」とか「よく知ってる+負の納得力を発揮」「よく知らない+負の納得力を発揮」とかがわらわらと共闘を表明 → 批判した側でも、同様にいろいろ参戦 → 論点も整理不能なぐしゃぐしゃ
もしも、一方では論点の中心の部分とされていることを、もう一方ではそこは脇筋だと言うようなすれ違いが起きていたのだとすると、そういう「知らない+負の納得力」とかがからんでるのではないか。
ちゃんと知っていてまっとうな(納得力と関係ない)参戦をしてた人もいてもいいんです。整理されなければ、ぐしゃぐしゃは治まらないし。さらに、もしも最初の批判の段階で「よく知らない+負の納得力を発揮」があったりすると、こりゃもう、ぐちゃぐちゃにしかなり得ないような……。
それこそ実情はよく知らないで言ってるんですけど(汗)、構造としてはそんなイメージです。
●「科学的リテラシーの高低」について
こうしたときに「科学的リテラシーの高低」が関連しているかというと、よくわからない。正直に言うとちょっと疑問なんですが、それは「科学的リテラシー」をどういうものと想定しているかという問題かもしれない。だから、ここでは別の話にしておきます。
あ、そうか。
PISAのいうように、「科学の知識」と「科学についての知識」とか、態度、社会における文脈の理解といったところまで含めれば「科学的リテラシー」の問題もあるのだと思います。
「科学の知識」のことだけを指しているのであれば、納得力とかから自由じゃなさそうなので、有効じゃないと思います。
こういうアレコレは、黒猫亭式マトリクスには不都合を生じないでしょうか。考えてみようとしたけどにわかにはわからない。生じなければ杞憂ってことでいいんです。
ここまで長々とお読みいただいた方、ありがとうございます。
ここで本題の「黒猫亭さんのコメント」に戻って、ご意見をいただければ幸いです(汗
これ系のYES/NOテストを作成してみる、というのを考えました(PDF)⇒http://www.keins.city.kawasaki.jp/kiyou/kiyou20/20-145-161/kawasaki_k_time03-04.pdf
まず、あらかじめ、黒猫亭さんが仰るような分類を試み、それぞれに適したグループにコンテンツを分け、テストによって、そのコンテンツを参照して貰うように、誘導する訳ですね。
こうすれば、明示的に、閲覧者に分類して貰うよりも、印象は和らぐように思いますし、雑誌等でも見慣れていて、取り付きやすいようにも感じます。
項目の分類と質問のデザインが、とても難しいですが…。
Yes/No式の設問で誘導するというのはひとつの選択肢ですね。
「水伝は○○だと思う →Yes/No」なんて形とか。
その場合、訪問者が知りたいことだけでなく、知らせたいことをちゃんと組み込めるというメリットもあろうかと思います。