チェーンメール“神の手”について(山形の気象と防災の情報ブログ 2008年02月22日)
■自然の条件で『このような雲』の出現は有り得るか?「雲がたなびくなら同一方向になるので、まず対称形にはならない」「指の隙間から光芒が出てないのはおかしい」ってことで、とっても明解!
まず無理です。
(略)
有り得るとすれば…同じ形の繰り返し…になる筈です。
(略)
しかし、この写真が『偽モノ=まやかし(fake)』である証拠は、もっと単純な矛盾点
から判ります。
(略)
雲間から光が射し込み…それを受け止めるように『手型の濃い雲』がその
光を遮れば、当然のことながら指の隙間から洩れた光が淀んだ下層空気に散乱され
『チンダル現象』が見られる筈です。専門用語では『光芒』とか『ヤコブの梯子』と呼
ばれている現象です。
[2/24追記:コメント欄でも触れているように、同じ方が24日にさらに追求&画像を追加した記事「チェーンメール“神の手”を斬る!」(気象・歳時・防災 de コラム!)をアップされた。「実際に写したのならば、こうなるはず」という図版が圧巻]
気象関係の方では、お天気おじさんもだいぶ前に「捏造」と書いてました。
「神の手雲」???(チーム森田の“天気で斬る!” 2007/12/11)
でも、こういう現象の可能性については論じられていませんでした。
上記の「山形の気象と防災の情報ブログ」には、こういう現象は考えられない理由がちゃんと書かれています。こういう情報は初めてなので、とてもありがたいです。ぼくも「万にひとつぐらいでも、こういう現象がある可能性自体は否定できないのかもなあ」なんて思っていたので、かなりすっきりです。
チンダル現象って、水伝で最初に疑われたやつですね。
チンダル現象 - Wikipedia
上記で言われている「光芒」は、Wikipediaの「天使の梯子」によると、ヤコブの梯子以外にも、天使の梯子、天使の階段、レンブラント光線なんて言われるそうで。「レンブラント光線」ってのは聞いたことがある人が多そうですね。
それにしても、このチンダル現象、最初の記事の「口直し」で紹介した、写真の世界で「God Hands」って呼ばれてるものとも同じですよね。
Hand of Godそう思うと、なかなかややこしい。
http://www.trekearth.com/gallery/Africa/South_Africa/photo416214.htm
"Hand of God reaching down"(一番下の2点の写真)
http://www.ce.berkeley.edu/%7Emancio/photos.html
Hand of God
http://www.sxc.hu/photo/682647
トラックバックいただいた新しい記事「チェーンメール“神の手”を斬る!」も拝見しました!
もしも実在したのならばこうあるべきという姿、いよいよ神々しくなっちゃってますね(^^)
しかし、どうしてボクらはああいうチンダル現象を「神々しい」とか「荘厳」とかいうイメージで見てしまうのでしょうねえ……。宗教画かなにかの刷り込みなのでしょうか。
「レンブラントライト」としても知られるように、中世の宗教画には神々しさの演出としての『光芒』が盛んに登場しています。一方、お釈迦様の背中にある『光背』もそんな一種なのかもしれません。
小学生の時分、友人と学校の帰り道で『光芒』を目撃した時の友人の一言を鮮明に覚えています。彼曰く「死んだ人は…あそこから天国に昇って行くんだって。」
意外に普遍的なイメージとして私たちのDNAにも刻まれているのかも知れません。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%C0%A4%CE%BC%EA?kid=222085
そういえば、ぼくもはてな市民になって編集権を得ていたのだった……。
>小学生の時分
あっ、そういえば、ぼくも小学校高学年で初めて手にしたカメラ(500円だったかな?)で、たまたま自宅から見えた雲間から漏れる光を撮影しようとしました(モノクロで、うまく写らず悔しかったっけなあ)。
めったにない体験をしてしまうと、そのことになにか特別な意味があるように感じてしまうものですが、光(や闇)というのは、特別な中にも特別なものなのかもしれませんね。
……オーラに惹かれる人が多いのも、そんなことが関係あるのかな。
あっ、違った、新記事じゃなかった。
掲載した記事:
チェーンメール“神の手”について(山形の気象と防災の情報ブログ 2008年02月22日)
http://bosai.n-da.jp/e30098.html
新記事:
チェーンメール“神の手”を斬る!(気象・歳時・防災 de コラム! 2008/2/24)
http://blogs.yahoo.co.jp/otenki_bosai/52180800.html
うーん、やっぱり新記事の方が「切れ味」がいいなあ。チンダル現象「あり版」の図解入りだし。
こっちにしよう……。
これで少しでも犠牲者とか「でもいいことだから信じる派」が減るとよいのですが。
うーん……あの辺はなあ……ケツメドオマージュでもいいらしいからなあ……
もしも根拠が「見たとき感動したから」だったら、「自分の鑑識眼はダメダメであった」と知るまでそのままで。(って、死ぬまで治らないってことか?)
ひょっとすると「悪いものでも信じる」のではないか。
つまり、縁起が悪い画像。「実はこれを持っていると災いがふりかかる画像(下痢するとかか?)」だったら、持つのはやめるとか。で、忘れて「なかったこと」に。