で、うちのぐだぐだ加減はさておいて、いろいろ学ばせていただいた。インパクトのある話があれこれあるので詳細は実際にエントリをご覧いただくとして、なかでもとりわけビックリしたのが下記。
「学校給食法施行規則」という法令がありまして。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S29/S29F03501000024.html
それを見ると、・完全給食とは、給食内容がパン又は米飯(これらに準ずる小麦粉食品、米加工食品その他の食品を含む。)、ミルク及びおかずである給食をいう。(学校給食法施行規則第一条第二項)
・補食給食とは、完全給食以外の給食で、給食内容がミルク及びおかず等である給食をいう。(同第三項)
・ミルク給食とは、給食内容がミルクのみである給食をいう。(同第四項)
「ミルクがあらざれば給食にあらず!」
ということですね。
えええええ!?
記事中で紹介されているよそのブログの記事や、そこからリンクされている記事とかを見ても、あー、そうなんだあ、って感じでして。
とくに「ふうむ」となったYOMIURI ONLINEの記事はリンクしておきましょう。
給食の国の基準に反旗、足立区が独自献立へ(YOMIURI ONLINE:教育 2007年11月17日)
(ちなみに「グルメ」というカテゴリにも同じ記事があるのに、元々あったURLには記事がない。読売サイト、どないなってんねん)
食文化伝える目的…文科省(赤字による強調は引用者=亀@渋研Xによる。以下同)
こうした傾向に、文科省は「給食には、必要な栄養素をとるだけでなく、子供の偏食をなくしたり、正しい食文化を伝えたりする目的がある。牛乳をなくすのは論外だが、その他の食品についても、子供が食べないからという理由で構成を大きく変えるのは遺憾だ」と強調。昨年10月に中学校2校で牛乳なしの給食を始めた三重県桑名市の場合、同省から「好ましくない」と指導を受け、結局、牛乳つきの給食に方針を変えている。
なんでそうなるかなあ……食文化を伝えるために牛乳が必須ってのは変でしょう? なんて思うわけです。そんな食文化があるのは、日本では給食だけじゃないか、なんて。
で、栄養士さんも不満に思ってる場合があるなんて話もあったので、栄養士さんの不満なんかを見つけられないかなあと「給食の牛乳」で検索してみたら、変な記事を見つけてしまった。2005年8月の文部科学省スポーツ・青少年局学校教育健康課学校教育係長の川田耕二氏(当時)へのインタビュー。
学校給食と牛乳-4(清水修 学校給食と子どもの健康を考える会「おむすび通信No.26」)
清水 牛乳は出さなければならないと思ってましたので、「牛乳は出さなくても良い。それも 1日や 2日だけではなく、年間を通じても」という事を電話でお聞きし、とても驚きました。今回の通達からではなく、最初からだったわけですね。
川田 学校給食というのは、市町村でどのように実施するか、どの食品を使うかを決めるんですね。国はあくまで学校給食のモデル・標準的な姿を示して参考として頂きたいという形なわけです。制度的には、以前からどのようにやってもらっても構わないんです。極端な話、設置者(学校の設置者。都道府県や市町村、学校法人の事)が責任を取る形ならば。牛乳を出す出さないという事は、設置者が決める事です。
清水 国としての関与は出来ないという事ですか。
川田 設置者が設定するに当たって、こうしなければならないという事は言えません。ただ、或る事の意味とか意義や良さはお知らせできます。牛乳がなければ給食と認められないという事にはならないです。
清水 促進する事はあっても、「ねばならない」という事はないわけですね。
川田 (学校給食法が成立した)昭和29年から制度的にそういう形でやっています。
ええええ???? も、文科省、どっちなんだあ!!
記事中でも出てくるように、filinionさんが例外なわけではなく、学校関係者は「給食には牛乳が必須」と理解している人は少なくないようです。読売にコメントをした文科省の人だって、そう言ってるわけですし。
個人的には、この川田係長(当時)の説明の方が納得がいきます。制定時からその方針だっていうなら、2、3年のうちに変わったわけですかね……。足立区とか三重県桑名市とか、立場がないじゃないですか……。
ちなみに、上記のインタビューは下記のような構成。
学校給食と牛乳-1「牛乳のない給食も学校給食」(2005年10月版)
学校給食と牛乳-2「消えた標準食品構成表」(2005年11月版)
学校給食と牛乳-3 「文部大臣も食べた牛乳のない給食」(2005年12月版)
学校給食と牛乳-4「牛乳について」(2006年1月版)
学校給食と牛乳-5 「給食の区分について」(2006年2月版)
学校給食と牛乳-6 「学校給食に規制無し」(2006年3月版)
この記事はいずれも抜粋らしいのですが、だからといって、一部だけを抜き出したせいで主旨がネジ曲がってるとか、たまたまその担当者だけがそう考えているのではないかというと、どうもそういうことでもなさそうです。必須じゃないって、何度もいっぱい出てきます。同じ第4回にも
清水 「牛乳がない給食は学校給食とは呼べない」というのは誤解だったわけですね?なんてくだりがある。また、第3回では、それは栄養士でさえ知らない、会の機関紙に載せて広く知らせたいという取材者(清水氏)に対して「そうはっきり言われると、辛いものもありますが…」「こちらとしても広報に努めたいのでいいですよ」と応じている。少なくとも、対応した川田係長(当時)は「個人的な見解でもないし、解釈で揺らぐようなものではない」と考えていることが読み取れる。
川田 誤解ですね。
まあ、第6回の見出しにあるような「規制無し」は言い過ぎとは思いますが、なにしろ2007年11月のコメントと内容にギャップがありすぎです……。
文科省に質問すればいいのか(どこにだ?)、読売か「学校給食と子どもの健康を考える会」あたりにタレ込めばいいのか……ええと。明日にでも考えよう(汗)。
あ、念のため。
なんか「考える会」のサイトには幕内秀夫氏の連載もあるようなのですが、うちのこのエントリの主旨は牛乳有害論とかは関係ないです。「考える会」は単に情報源として引用させていただいているだけです。牛乳有害論とか牛乳神話とか、幕内秀夫氏とか、その辺についてのぼくの立場は過去のエントリをどうぞ。
牛乳有害説にびっくりしたら〈「牛乳論争」の誤解を解く〉を読もう(2006年08月26日)
「牛乳神話」神話1(2007年05月05日。以下同日)
「牛乳神話」神話2■「牛乳神話」とはなにか/「牛乳神話」をネットで探す/「牛乳神話」は健在と言えるか
「牛乳神話」神話3■業界は誤解を解く努力をしているか
「牛乳神話」神話4■「牛乳神話」はフードファディズムか
「牛乳神話」神話5■学校給食では「牛乳が主食」か
「牛乳神話」神話6■学校給食や栄養指導と牛乳依存
「牛乳神話」神話7■「批判」につきまとう危うさ
「牛乳神話」神話8■余談:「給食に牛乳」の別の問題
ダイジェスト版「牛乳神話」神話
【学校とか教育とかの最新記事】
そうに違いないとみた。
そういえば牛乳アレルギーだったオイラは、ちゃんと牛乳飲んでいたらもっと背が伸びてたんだろうなと。
いま2m13cmだから、いまごろはきっと……
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%A6%E9%A3%9F#.E6.AD.B4.E5.8F.B2
ここで謂われている「ララ物資」というのも関係してそうな気がします。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%A9%E7%89%A9%E8%B3%87
これらを読むと、戦後本格的に再開された学校給食というのは、脱脂粉乳を中心としたものであったように思えます。その脱脂粉乳が本物の牛乳に変わって以来現在にまで繋がっているわけで、つまり、「学校給食=ミルク」という思い込みは、そういう歴史性を踏まえた観念が、最早その歴史性の尻尾をが忘れられて、前提視されるようになったということではないでしょうか。
この米国からの小麦粉の贈呈というのも、余剰生産物の一括買い上げがどうこうという生臭い経緯があったかと仄聞しておりますが、まあ給食とは関係ない話なので省きます。
こういう経緯を踏まえて、最低限の学校給食というのは脱脂粉乳(後には牛乳)であり、それに主食が附くことを「完全」給食と呼ぶ、という、普通に考えれば転倒した形になるのだと思います。
このうち、文部科学省の息がかかってそうなのといえば、牛乳キャップ収集……?
そういえば牛乳のふたでメンコってのは、昔の小学校の風物詩でした。
つまり給食から牛乳がなくなるということは、メンコ文化がすたれるということですね。
うーん、陰謀論として定番ですが、ちょっと小物っぽくない? 文科省だから仕方ないか?(^^;;
黒猫亭さん、こんにちは。
やっぱりそうお考えになりますか。印象に過ぎないのですが、脱脂粉乳ありき、ララ物資が原点というのは、そうだろうなあとぼくも思います。ぼくは当年48歳で、学校給食は幼稚園から小学校まで、昭和47(1972)年度までの体験なんですが、ずっと脱脂粉乳でした。
それが、高校の途中で青森から東京に転校して、他県ではもう少し前には牛乳になってたんことを知ったんですよね。それで、なんでだろうと学校給食の歴史を調べたことがあった……んじゃなかったかな。友人たちとも半分は冗談で「ララ物資の名残かよう」とか言っていたような。自分の少年期には残っていたのであろう、そういう空気をなんとなく察したような記憶があります。
条文でも飽くまで「ミルク」で「牛乳」とは書かれていないですけど、ぼくが小学校の当時でもミルクと呼ばれていました。条文はその名残なんだろうなあ、なんて思ってしまいました。
現代でも無茶苦茶な食生活の家庭はありますし、経済的な問題を抱えている家庭もありますので、学校給食はできるだけ安価であることや栄養価が高いこと、栄養バランスが優れていることが求められていることなど、一般の食事に対する基準よりもはるかに高い「完成度」が求められているという事情もあります。
献立表を見ると、毎食毎食20品目程度は使用されていて、栄養価からすると1日の必要量の3分の2ぐらいをカバーするように作られているみたいなんですよね。コンスタントにこんなもんを作り続けるのは、えらいこっちゃと思いますよ。
だから安価で高栄養、安定供給が期待できる牛乳は、給食用食材として優等生中の優等生なんですよね。それはわかるんです。
そこら辺ぐらいまではわかったうえで、牛乳で「なければならない」というのには引っかかる。単なる現場の慣習や怠惰という側面が強いのか、逆らえない法的な制約があるのか、それともさらに別の理由があるのか……なんていう「すっきりしない部分」が改めて出てきちゃったんですよねえ。
う〜ん、やっぱり小物か……やっぱりモサドくらい出しとかないとダメ?
でも、牛乳のふたのメンコは残したい文化で……
あ、いや、2m13cmは十分に大物です(^^;;
ふたメンコは……どっちかというとコマじゃなかった?
で、牛乳に絡む陰謀を大きくするとしたら、やっぱり戦後すぐの脱脂粉乳にからめてアメリカを持ち出す(あるいは経由する)のが定石ですよね。そこからいくと、モサドもなくはないのかなあ(そうか?)。
アメリカだったら酪農家協会みたいなところから船員ユニオンに行ってマフィアという、落合信彦の黄金パターンがあるので、そこをいただいてマフィアの本国イタリアはシチリアに行き、なんとなく地中海だからアトランティスとかでもいいじゃんというアクロバットを目論むというのはどうでしょうか。アトランティスまで行ければ、もうどんな陰謀でもありなような。
“給食史上”初!? 給食の目的が変更へ(武蔵野市議 川名ゆうじの武蔵野blog 2008/04/07)
http://blog.livedoor.jp/go_wild/archives/51469765.html
うーん、順当なような、でも今いわれている「食育」のなかみを考えると……うむむむ。
現実問題、いま給食が必要な理由ってどういうものがあるのか、どういう点で「よい」と思われているのか……こりゃ考えはじめると意外に難しい……。