2008年05月05日

憲法9条と911陰謀論をめぐって2

などと傍観者的に言っていてよい話題ではないので、後で(夜にでも)ちょっと自分の立場を書いてみる。
というわけで、前エントリの続き。

このテーマは簡単にはいきませんねえ……。
長く長くならざるを得ない(年寄りの繰り言とか言わない。まだ五十前なんだから)ので、何回かに分けて書こうと思う。論点はいくつかある。いまパッと思いつくものだけ挙げても、こんぐらい。

・「運動」って、トンデモさんと一緒にやっても成立するのか
・大同団結ができる条件(というか限界)ってなんだ
・9条改正論議は、そういう限界を踏まえてできているのか、できるのか
・今の9条改正論議自体をどう見るか
・今の「9条を守ろう」運動をどう見るか
・「運動」というものをどう考えるか

まずは、発端のkikulogで始まっている「911陰謀論と一緒じゃあ平和運動がダメにならないか」なんて話題から。
あ、実証的な話じゃないです。経験に基づく持論というようなもの。

●「妄想もいっしょ」で「運動」は成立するか
まずは「911陰謀論」じゃなくて、もうちょっと一般化して「妄想に基づく主張」まで一緒になってて運動が成立するか、という観点で考えてみる。で、「いいのか悪いのか」でいうと、よくはない。

世間というのはおそろしく単純な二分論的ものの見方をしてくれちゃうときがあって、「敵か味方か」というか「一味(仲間)なのか対抗勢力なのか」というような見方もされやすい。
世間というのは「一見すると似ているけど違うもの」とか「一見すると別物だが実は同じ」というのは苦手なのだ。パッと見で判断しちゃうわけだ。
もちろん実際には「一見すると似ている」なんていうのは、「かなり同じかもしれないし、だいぶ違うかもしれない」わけです。いろいろある。印象では語れない。語れないのだが、そう思われてしまう。これは「運動」としては致命的なことになりかねない。
まあ、これは個々の人にとっては「その問題に自分が費やせるコストをどうみなすか」という辺りと深く関係する。だから一概に「それじゃダメ」とは言いにくい。ダメなんだけど、無理もない部分もあるというか。

しかし、そうであるからには「アホのいる勢力はみんなアホ」「妄想の人がいる勢力はみんな妄想の人」と思われやすい(一方では、違うと思われていた勢力が手を結ぶと、野合だの馴れ合いだのと言われるわけですけどね)。たとえば根拠が「宇宙からの電波が××と言っているから」とかいう人と一緒にやっていたら、運動の信用問題だよね、ということだ。

「意見が異なる者も、ともに同じ旗の下に迎えられるか」という話と、「妄想の持ち主と一緒にやれるのか」ではわけが違うのだ。「『まともな話ではない』で終了」という声は、広がりやすいことだろう。これは運動じゃなくても、ほとんどあらゆる主張にとって同じじゃないか。

この件でググってみて知ったばかりなのだけど「オルタナティブ運動メーリングリスト(AML)」というところでは、2005年12月とか2006年1月とかに、かなり問題になっている。
「あれを認めると、『平和運動なんかやってるやつは、妄想と現実の区別がつかない、実証的にものを考えることができない奴らだ』というプロパガンダをも許してしまう。運動が壊滅的打撃を受ける」という話が出ている。当然の懸念だと思います。同感です。

だから、さすがに妄想は排除するしかないだろうなあ、ってことになる。

どうなんだろう、たとえばトンデモとかオカルトとかのビリーバーさんだって、結論が同じでも、自分が荒唐無稽とかあり得ないと考えていることを根拠にされたら、一緒にやっちゃあマイナスにしか働かない、と考えませんかね(あー、考えないのかもしれないなあ。まあ、そこはどっちでもいいのか)。

●じゃあ、妄想じゃなくて単なる異論だったら手をつないでもいいのか
理想としては、小異を捨てて大同団結できればいいなあ、とは思う。問題の中身にもよるけど、とくに大きな問題の場合はそれができるのが理想だ。

しかし実際問題としては、「これは単なる異論なのか、それとも妄想なのか」という線引きは、運動の当事者にとってはかなりの難問であることが多い。近親憎悪みたいなもんまで出てくるので、外からはわずかな違いに見えるものを互いに排除し合うという歴史は、あらゆる運動のなかに見られた現象だ。「どれが妄想で、どれが妄想じゃないのか」という話は、運動の当事者には簡単じゃないのだ。

ある人の主張が、別のある人には自明のように妄想だと言われるなんてことは、ずーっと昔からある。実際には妄想と言われるものにも「根拠のないただの思い込み」から、単に「実現可能性のない理想論」まですごい幅があるんですけどね。でも、どっちも「妄想だ」と言われる。

その一方で、ぼくは「大同団結ってのは、お互いの違いを理解し合えていないと危険」だと考えている。
運動である以上は、説明責任が生じる。第三者に広がっていかないと意味がないので、事態を理解していない人に説明できないといかんわけだ。「なんであの勢力と一緒にやるんだ。××の部分も同じ違憲なのか」と突っ込まれたときに、「そりゃあ知らなかった」じゃなくて、「○○の部分では意見が一致しているから一緒にやってる。××の件では我々は意見が違う」と言えないといかん。そうしないと、それこそ「一味だ」とか「自分のやってることも理解できてない」とされて終わっちゃうじゃない。

というわけで、一般論としては、「『誰が見ても妄想』っていうんじゃないなら、大同団結はあり」「ただし、当事者が妄想か否かを決めるのは難しいかもしれない」「また、互いの意見の違いを認識した上で、手をつなげるところはつなぐ、という限定的な連携なんだということを自覚してないと危ない」というのがぼくの考え。

もっとも、現実問題としては今の大衆運動というか市民運動というのは、実は大同団結しか選択肢がなくって、そのうえ互いの違いを鮮明にすることをできない、という病気を持っていて、これは9条改正論議に限らないんじゃないか、と考えています。
この点については、また後で。

●それは9条論議についても言えるのか
さて、どんな問題についても上記のように言えるのか、というと、どうもそうじゃない。各論というか具体的な部分が大事なのであんまり大同団結しちゃうと変なねじれが起きる問題と、およその理念が共有できればそれでいい問題がある、というのがぼくの意見。

たとえば「自然を大切にしよう」とか「戦争はやめよう」とかいう話は、大同団結しやすい。具体的にどういう方法で、とか、どういうことがいかんのか、とかいう辺りの違いは比較的鮮明になりやすいし、こういう「大きな話題」はおよその方向性で合致していれば互いの異論も調整しやすいからだ。

ところが、9条改正論議っていうのは、まさに具体的でピンポイントな話だ。もっと言っちゃえばかなり特殊な経緯をもってる特殊例。9条の問題と、運動一般、たとえばいわゆる平和運動を同列に考えることはできないんじゃないかなあ、というのが正直なところなのだ。

なんでそう考えるか。すでに長くなっているので、その辺はまた後で。
今kikulogを見たら、トラックバックがたくさん来てるのね。その辺も読んだ上で書くことにしましょう。
今日はここまで。
タグ:陰謀論
posted by 亀@渋研X at 02:01 | Comment(3) | TrackBack(1) | 渋研X的日乗 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする はてなブックマーク - 憲法9条と911陰謀論をめぐって2
この記事へのコメント
こんにちは

運動とは? ですが、一言で言えば「政治」であり、言い方を変えれば「数の力」ではないでしょうか。賛同者が少ない=少人数の運動、というのは、言葉の上でしか意味をなしません。ですから総論賛成となるメタ語が掲げられる。

よって、一線を越えた人たちであれば、トンデモであろうが、妄想であろうが、数が増えるのであれば、それを許容するでしょうし、もし、トンデモが数を減らす要因として働くなら、それを使わなくなるはずです。

つまり、某氏における、アフガンからボーイングへ、というのは、とてもロジカルな展開であるし、機を見るに敏感であるようにみえます。
Posted by solidangle at 2008年05月06日 20:16
solidangleさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
だいたいおっしゃる通りなんだろうなあとは思います。
ただ、「トンデモが数を減らす要因として働くなら、それを使わなくなるはず」は、そうなのかそうでないのか、もやもやしています。
いま「最善手を選ぶ」といだけの力を市民運動が持てているのかというと、そうでもなさそうな気がしているので。
Posted by 亀@渋研X at 2008年05月07日 10:00
最善手でなくなっても、ポイッと捨てることをしないですね。可能性があるなら、一応、唾付けた状態にはしておく、という感じ。ほとぼり醒めて、みんなが忘れた頃、つまり、また利用するに良い時期が来たら、「ボク達は昔から取り組んでいます」と言うだけかと。

「臭い匂いは元から断たなきゃダメ」ってなCMがありましたが、そんなところなんだろうと思います。ところが、悩ましいのは、元から断つことができない、ということと、その頃には、また状況を知らない新しい人が、良いことだわ、とナイーブに信奉しがちであること。

では、どうするかと言えば、気づいた人が言い続けるしかないだけなんじゃないか。身も蓋もない感じですが。
Posted by slidangle at 2008年05月07日 14:12
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Excerpt: その2の続きです。 ちょっと目を離しているうちに、こんなやりとりが出て来ていた。 180. ROCKY 江藤 ― May 11, 2008 @23:17:03 >変だけど仲間だから許容しているのか、そ..
Weblog: PSJ渋谷研究所X
Tracked: 2008-05-13 01:08